冬が近づけば近づくほど、ベッドと別れるのがつらくなる。
とはいえ、ハーネイアは別に朝が苦手というわけではない。昔はそれほど得意ではなかったけれど、花屋でのバイトのおかげで慣れざるを得なかったのだ。
かつては家族に起こされていたはずの朝は、誰の手も借りず当たり前のように目覚められるようになった。その事実は誇らしい反面、ほんの少しだけさみしくもある。
(――ん。きょうも、あったかいな……)
そして、ここ数年でハーネイアの朝はまた少し違う色をたくわえるようになった。眠るときこそ一人が多いけれど、目を覚ましたときには大好きな人が隣にいてくれるばかりか、時にはその大きな体に抱きしめられていることもあるのだ。
そのたくましい腕とあたたかな体温を感じるたび、ハーネイアは毎朝おのれの「しあわせ」を実感する。
(ディルックさんって、いっつも体がぽかぽかしてるな。……眠ってるからかな?)
真っ白なシーツの真ん中で身を寄せ合う夜は心地よい。毎日のようにぴったりと体をくっつけているせいで、こんなに大きなベッドは必要ないのではないかと思うほどだ。
――起きなきゃいけない時間まで、まだ二十分もあるな。昨夜少し冷え込んだせいか、今朝はいつもより早く目が覚めてしまったようだ。ディルックの体温をもってしても間に合わない冬の寒さは、しかし、だからこそ大切な人と身を寄せる喜びを教えてくれる。
(……もう少し、見ててもいいかな。ディルックさんの寝顔――)
いつも凛としているかんばせも、今だけはどこかあどけない。無防備な寝息に愛おしさを募らせながら、ハーネイアはディルックのことを見つめた。……見つめていた、はずだった。
視界の真ん中にあったはずの長いまつげは、気づけば隅で揺れている。ゆっくりと重たくなるまぶたに逆らえないハーネイアの意識は、いともたやすく奪われてしまった――
「――ハーネイア。そろそろ起きたほうがいいんじゃないのか」
優しく肩を揺さぶられて、ハーネイアは再び目を開ける。三度ほどまばたきを繰り返してやっとあわさった両目のピントは、目の前にあるディルックの端正な顔をしっかりと捉えた。
寝起きのディルックはいつもより優しい顔をしている。それは未だまどろみに身を置いているからなのか、ほんのりととろけた顔を見るのがハーネイアは好きだった。
「あえ……ディルック、さん? おはよう、ございます……」
「ああ、おはよう。……ずいぶんよく眠っていたようだね」
「んむ……は、い。ディルックさんのお顔を見てたら、つい――」
寝起きのハーネイアがむぐむぐと不明瞭な言葉をつむぐのを、ディルックは静かに聞いてくれた。ゴツゴツした指先は優しく彼女の髪を撫で、少しだけ跳ねた毛先を遊ばせる。
ディルックはいつも優しい。しかし、「優しい」と「甘い」は似て非なるものだ。「ところで、今日はバイトの日じゃなかったのか」ディルックのそのひと言は、未だぽやぽやとまどろんでいるハーネイアの意識を一気に覚醒させる。
衝動的に飛び起きてしまったせいでふらついた体を、ディルックはさも当然のように支えてくれる。苦笑いのような表情は羞恥心や罪悪感などの様々な感情を激しく沸き上がらせ、ハーネイアの喉から声にならない叫びを絞り出す。
「わ、わわっ、わた、このまっ、ま――!」
「落ち着け。寝坊くらい誰だってするだろう」
「ででで、でも! こん、こんなんじゃわたし、お家の名前に泥を……!」
「君の寝坊程度で汚れる家名ならもうとっくに滅んでいる」
ディルックの厚い手のひらが、ハーネイアの頭に乗せられる。涙目で見上げる彼は打って変わって優しい顔をしていて、それはきっとこちらを安心させるためのものなのだろう。
「馬車を手配するよう言っておく。君はまず顔を洗っておいで」
2025/10/30
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