毛利くんは何も言わない。あたしの嗚咽がおさまるまで、彼は優しい沈黙を貫いてくれていた。
けれど、その沈黙が恐ろしいのもまた事実だった。……何かよくないことを言ってしまったかもしれない。毛利くんに見放されたら、あたしはどうしたらいいんだろう――罪悪感や焦燥感に振りまわされたあたしが口を開きかけた刹那、毛利くんは再びあたしの頭に手のひらを置き、優しく言った。
「……いけないことでは、ないと思いますよ」
頭上から降ってきた声は、想像より何倍も落ち着いていて、優しかった。
あたしが伏せていた顔を上げると、毛利くんは今まで見たことがないくらいに柔らかく微笑んでいる。その笑顔に滲むのは「弟」ではなく、彼もまた長き時を生き、人の世を見守ってきた付喪神であるという現実だ。
「人は、誰かを想う気持ちに蓋をしては生きられないのだと思います。かつて僕の主だった毛利輝元様だって、その点に於いてはあまり褒められた人ではありませんから」
「でも……」
「おのれの気持ちに嘘をつくのは、ひどくつらいことでしょう。僕は、主さまの苦しむ姿など見たくありませんし――」
言いながら、毛利くんは目を見開いた。名案でも閃いたかのような素振りは、どこか無邪気ないたずらっ子のようでもある。
「そうだ……主さま、まずは分けて考えてみてはどうですか?」
「分けて、考える……?」
「そうです。主さまのお気持ちを信濃に伝えるかは別として、まずは一旦認めてあげましょう。経緯や相手はどうあれ、主さまのそのお気持ちは何より尊いものですから」
あたしの気持ちは、尊いもの――果たして本当にそうだろうか。彼の言葉を疑わしく思う自分と、その考えこそ失礼なのではないかと呪う自分が、同じ世界に共存している。
考えれば考えるほど、濁流のような感情は激しくなる。これが尊いわけがないのだ。こんなふうに人を傷つけて、迷惑をかけてしまうような想いが、世界の見方を変えてしまうような感情が、尊いものであるはずがない……!
「……そんな、こと、ないよ」
「どうしてです?」
「だ、だって……あたしが、これを認めちゃったらさ。あたし、みんなと一緒にいるのがしんどくなっちゃう、かもしれない。みんなの目を見て、話せなくなって……みんなに、『楽しい』って思ってもらえる時間を、過ごせなくなっちゃうかも、しれないよ……」
ぎゅう、と拳を握りしめる。爪が食い込んで痛くなるまで。おのれを痛めつけたいわけではないけれど、もしかするとこうして痛みを伴うことで、かわいそうな自分を演出しようとしているのかもしれない。
……あたし、「かもしれない」ばっかりだ。何にも確証が得られない。自分に自信がないから、こんなふうに予防線ばっか張っちゃうんだ。……あたしが、ずっと弱いから。
「それでもよいですよ。仮にそうなったとしても、僕は主さまを受け入れると思います」
「でも……っ」
「大丈夫。大丈夫です、主さま。僕は――僕と山姥切さんだけは、ずっと主さまの味方ですから」
毛利くんの柔らかい手が、再びあたしの頭を撫でる。彼に撫でられているとひどく落ち着いて、なんだかすぐにでも眠ってしまいそうだった。
「――どうして?」
「はい?」
「どうして……毛利くんは、そんなにあたしに優しくしてくれるの? あたし、こんなに情けないところばっかり見せてるのに……」
微睡みが奪うのは理性かもしれない。口をついて出た疑問を受け止めた毛利くんは、ほんの一瞬考え込むような素振りを見せたあと、何かに気づいたように微笑む。
「……なんでだと思います?」
「質問してるのはあたしなのに」
「あはは、そうですね」
ごめんなさい、とくすくす笑うあいだも、毛利くんはずっとあたしの頭を撫でてくれていた。泣き続けていたせいか、気持ちを吐き出してすっきりしたのか、あたしのまぶたは遊び疲れた子供のように重くなる。
流されるようにしてまぶたを閉じかける刹那、子守唄のように聞こえたのは毛利くんの声だ――
「僕にとって、主さまが愛すべき『小さい子』だからですよ。……身長は僕より大きいですけどね」
カテゴリ詐欺すぎる お許しを
2025/10/20 加筆修正
2025/10/19
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