「認めること、かあ――」
ぽつり。布団の上で独りごちながら、あたしは代わり映えのしない天井を見つめていた。
信濃くんが帰ってきてから早三日。あたしは、お風呂とトイレ以外でほとんど部屋を出ていない。ごはんは毛利くんかんばちゃんが運んできてくれるし、外に出るときもどちらかが人払い――この場合は刀払いだろうか?――をしてくれている。
そこまで過保護にならなくてもいいのに、と思いながらも、二人の気遣いがありがたいのも本当だ。おかげであたしは心身ともにだいぶ回復したし、少しは冷静に信濃くんのことを考えられるようになった。
――なんて、冷静なんてのは真っ赤な嘘だ。そもそもあたしの頭のなかから信濃くんがいなくなった瞬間なんて存在しない。そんなの、もう「答え」みたいなものじゃないか。
「あたし、ほんとに信濃くんのこと好きなんだあ……」
毛利くんの助言のおかげか、ここ三日の休養が効いているのか、思いのほか簡単にそれを口にすることができた。
……あたし、信濃くんのことが好きなんだな。彼と初めて会ったあの日に、すべてはもう決まっていたんだ。
そうして素直に認めてみると、少しばかり心が楽になった気がする。……認めてやるってこういうことか。先立ってより何倍も容易くなった呼吸は、いささか薄らいでいた視界をより鮮明なものに変えた。まるで、「目が覚めた」みたいに。
そうしてクリアになった視界のなか、ぼんやりと信濃くんの顔が浮かぶ。……帰ってきたあの日のこと。以前より何倍も凛々しく、男らしくなった信濃くん。笑顔もどこか大人びていて、あれじゃああたしの懐におさめるのは大変だなって、そんなことも考えたりして――
「懐。入れてあげたいな――」
あたしがへたり込む直前の、驚愕と悲哀が混じった信濃くんの表情が忘れられない。あれを思うとあたしの胸は罪悪感でいっぱいになり、今すぐにでも部屋を抜け出して彼のもとへ行きたくなる。
けれどその気持ちとは裏腹に、恐怖は未だあたしのなかに巣食ったままだ。信濃くんへの気持ちを認めたのはいいけれど、同時に刀剣男士たちがおぞましいものに見えてしまう可能性があるのもまた事実だ。
今は隔離されているから平気なだけで、実際に彼らの顔を見るとあたしはまたおかしくなってしまうのかもしれない。それを確かめるのが怖くて、ずっと一緒にいてくれたみんなを、大切な男士たちを拒絶して傷つけてしまうことこそが恐ろしくて、あたしは未だにふすまという薄くて脆い隔たりを壊せずにいた。
……でも、もう三日も経った。あたし、充分休んだはずだ。今ならきっと大丈夫。毛利くんやんばちゃんがついてるし、何より――
「あたし、信濃くんの顔が見たいよ。もう一回、目を見て話したい。もう二度と、こんなふうにひきこもるのはやだ……!」
重たい体を起こして、ふすまの取っ手に指を引っかける。……怖い。一人で歩くお屋敷のなかがこんなに怖いものだなんて、数日前のあたしは思いもしなかっただろうな。
――否、本当はずっとずっと怖かったのかもしれない。ただ、恐怖から目を逸らしていただけで。
震える手でふすまを引き、ゆっくりと一歩を踏み出してみる。途端、あたしの頬を秋風が撫でて、それは鬱屈とした心をほんの少し晴らしてくれた。
……あの日と同じ風だ。信濃くんを見送った日と同じ香りの風が、今度はあたしの背中を押してくれる。
「今なら大丈夫……かも、」
臆病なおのれを奮い立たせながら、あたしは導かれるように廊下を進む。このまま歩けば信濃くんに会える、そんな予感がしたから。
2025/10/20
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