四日目の再会

軽度の嘔吐描写、極の帰還セリフバレあり

 

 

 信濃くんが帰ってきた。彼がうちの本丸の門を叩いたのは、初日に彼を見送った時刻――いつも手紙が届いていたのと、やっぱり同じだった。

「あっ……大将! みてみて! 俺、こんなに凛々しくなったよ!」

 あたしを視界にとらえた信濃くんは、すぐに見知った笑みを浮かべる。
 ――否、帰ってきた彼は、あたしの知る「信濃藤四郎」ではなかった。笑顔は彼自身が言うとおりひどく凛々しくなっているし、秋空の似合う赤髪に見たことのない兜を被り、立派な鎧を身にまとったその居姿は、まるで知らない武人のようだ。
 変わらないのはあのときと同じ、その瞳の色だけかもしれない。彼を顕現したときに見た、鮮烈な輝き。それを真ん中にとらえたあたしの胸は、あの日と同じく、子供のようにけたたましく泣き叫んでいる。

「大将……? どうしたの? 顔色が――」

 何も言わないあたしを案じた信濃くんが、こちらに駆け寄ってきてくれる。
 優しいな、信濃くんは。「おかえり」も「おめでとう」も言えない礼儀知らずのあたしにさえ、そんなふうに接してくれるんだ。
 嬉しいな。あったかいな。けれど、その優しさに触れるや否や、あたしの胃はひきつったように波打って、とうとう立つことすらままならなくなってしまう。

「うっ……お、ッおぇ――」

 顔を見るなりその場にへたり込んで嘔吐しはじめたあたしは、信濃くんの目に、いったいどう映っただろうな――

 
  ◇◇◇

 
「――主さま! よかった、目を覚ましたんですね」

 ただの瞬きのつもりだった。
 気づけばあたしは私室の布団に寝かされていたようで、数度の瞬きを経てはっきりしてきた視界には、見慣れた天井と毛利くんの顔が映る。
 あたしの顔を覗き込む毛利くんは、そのかわいらしい顔を心配の色に染めていた。……ごめんね、昨日からずっとこんなんで。

「えっと……あ、あたし……?」
「ああ……やっぱり、覚えていらっしゃらないんですね。主さまは先ほど、信濃を出迎えるなり戻されて……そのまま気を失ったんです。部屋までは山姥切さんが運んでくれたんですよ」
「うわ……」

 どれだけの刀に迷惑かけるつもりなんだろう、あたしは――
 あたしが罪悪感で顔を覆っていると、毛利くんが苦笑いを浮かべたような気配がする。くぐもった声で「ごめんね」と伝えると、毛利くんは「大丈夫ですよ」と返してくれた。
 毛利くんはあたしの初めての鍛刀で来てくれた刀だ。ゆえに付き合いはんばちゃん並みに長く、あたしにとって特に信頼を置いている子でもある。
 ……あのときはびっくりしたなあ。初めて挑戦した鍛刀で、自分にそっくりな子が顕れたんだもん。
 だからあたしは毛利くんのことを「生き別れの弟」だなんて言って愛でているわけだけど、そういえば、毛利くん本人はあたしのことをどう思っているんだろうな――

「今お伝えするべきではないかもしれませんが、信濃も主さまのことを心配していましたよ。『もしかして俺、臭かったかな……』なんてことも言ってました」
「そ、そんなッ、まさか――」
「はい、わかっています。場を和ませるための冗談だと思いますよ。とはいえ気にしているのも事実だと思いますので、早めに誤解を解いてあげてくださいね」

 言いながら、毛利くんはあたしのおでこに手を当ててくれる。柔らかくて優しいそれは、めちゃくちゃに絡まったあたしの心をそっと解いてくれるようだった。

「……今はゆっくり休んでください。主さまは無理しがちですから、たまには何も考えずに休憩するべきですよ」
「あたし、無理なんて――」
「無自覚というやつですか? 僕たち刀の目から見てもわかるほど、主さまはずっと根を詰めていらっしゃいます。……みんな、主さまを心配しているんです。もちろんそれは暴力的な期待ではなく、みんな主さまのことが大好きだから、はやく元気になってほしいと思っているだけなんです」

 大丈夫ですよ、主さま。みんな、主さまの味方です――
 胸の奥にじわじわと溶けて染み入るような、毛利くんの言葉。それはあたしの涙腺をまたたく間に崩壊させて、あたしが声をあげて泣くまでに、そう時間はかからなかった。
 幼い膝にすがりついて泣きはじめたあたしを、毛利くんはどう思っただろう。……嫌じゃないといいな。毛利くんなら、あたしのこの甘ったれた言葉を、聞いてくれるかな――

「どう、しよう、っ毛利くん」
「はい、主さま。何でもお聞きしますよ」
「あたし……、あたしさあ……っ!」

 ……もう、どうにもならなかった。決壊した喉は言葉をとめることができず、汚れきった泥のようなそれを、みっともなく吐き出すだけだ。

「信濃くんのこと、す、好きに、なっちゃった。刀としてでも、神様としてでもなく、ッ男の子として、あたし――!」

 あたしの低俗で最悪な吐露を、毛利くんは受け止めてくれた。泣きじゃくるあたしの背中を撫でながらも、しかし、何かを言うことはない。
 その心遣いがひどく痛くて優しくて、あたしはまるで全身の水分がなくなるのではないかと思うほど、ひとしきり泣き続けたのだった。

 
2025/10/18

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