――お願いがあるんです。フブキがそう持ちかけてきたのを、スバルは固唾を呑みながら受け止めた。
里長として、あるいは大地の舞手として、里人たちのお願いを聞くのはもはや日常と化している。ゆえにこういった頼まれごとには半ば慣れつつあるのだが、相手がこの国を守る神であれば話は別だ。
普段どれだけおおらかにしていても、目の前に立つのは正真正銘の神である。いくらフブキ自身にその気はなくとも、どれだけ弟気質を振りまいていようとも、やはりふとしたときに神としての「圧」が垣間見える。
「実は……その、作ってほしいものがあって」
「はい――」
「あ、そんなに身構えないでください! 材料はアズマでも手に入るものですし、スバルくんほどの人ならきっと容易いことのはずです」
言いながら、フブキはもじもじと指先を遊ばせている。子供のような振る舞いはひどくいじらしく見えるが、ここで撫でくりまわすのがおのれの役目でないことは理解していた。
動き出しそうな腕をぐっとこらえながら、スバルは彼の言葉を待つ。
「その……『抹茶ぷりん』というお菓子が、食べてみたくて――」
――抹茶プリン。予想外なその名前に、スバルはずっこけそうになった。
確かに、スバルの料理帳のなかにはそのレシピの名前もある。初めて手に入れたときには試作品も作ったので、問題なく提供できるだろうが――しかし、どうして自分にそれを? 緊張の次に浮かぶ疑問は、考えるよりも先にスバルのくちびるを動かした。
「別にいいですけど……でも、異国のお菓子ならオレよりもっとうってつけな人がいるじゃありませんか」
「う……そうなんですけれど、その、ヒルダさんって抹茶が苦手なんですよ」
フブキは語る。ヒルダの抹茶嫌いは相当なもので、牛乳ほどではないにしろあからさまに避けているのだと。「いろは茶屋の三色だんごなら食べられるんですけれど……」なるほど、それは確かに相当だ。
「なら、どうして抹茶プリンが食べたいんですか?」スバルがそう訊ねると、フブキは気まずそうな面持ちで事の経緯を話してくれた。
いわく、彼が「抹茶プリン」の名前を耳にしたのは、先日いろは茶屋で異国の商人と雑談していたときなのだそうだ。
彼は食材を主に扱う行商人で、おのれの取り扱う商品について事細かに教えてくれたのだという。そして、その流れで抹茶プリンの話になったのだと。
「『機会があれば奥様に作ってもらってくださいね』それが、その方と交わした最後の会話でした。でも、ボクにはとても言い出せなくて」
「ヒルダさんなら問題なく作ってくれるんじゃないですか? あの人、フブキさんのこと大好きじゃないですか」
「うっ……あ、改めて言われると照れますね――じゃなくて! ヒルダさんには普段から色々作ってもらっていますし、わざわざ苦手な食材を使わせるのは忍びなくて――」
言いながら、フブキはきりりと眉をつり上げてスバルに向き直る。その表情はかつての最終決戦を思わせるほどに凛々しく、スバルも思わず姿勢を正してしまった。
「こんなこと、もうキミにしか頼めないんです。お手数ですけれど、どうか……!」
よもや、こんなことで冬の神に頭を下げさせることになるだなんて。驚愕は緊張を上回り、気づけばスバルの頬はいつもどおりのふにゃりとしたかたちに変わる。
「そんなふうに言われて、断れるわけがないじゃないですか……」
「じゃあ……!」
「ええ、オレでよければぜひ。少しだけ、時間をいただくことにはなりますけど――」
今日で50本目!また、たいへん私事ではありますが先日フブキくんの絆レベルが100になりました。
2025/10/13
※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます