楽しいことを見つけよう

 ああ、いったいどうしろって言うんだ――背中から感じるぬくもりによって、オレはみっともなく冷や汗をかいている。
 
 この世には、「据膳食わぬは男の恥」という言葉がある。
 それに関してはオレも同意だ。第一の理由として、か弱い女が勇気を出して誘ってきているのであれば、相手の名誉のためにもきちんと応えてやるのが礼儀であると考える。……もちろん、オレの前にやってきた「据膳」がヨヒラである場合に限るが。
 オレはヨヒラ以外の人間をそういう目で見たことがない。オレがここにいるのはヒスイでの誓いを完遂するためなのだから、そこに関しては徹底しているつもりだ。
 第二に、オレは自分が非常にせっかちであるという自覚がある。別にいつヨヒラを食らおうが問題ないと思っているのが正直な気持ちで、オレ自身、未だに手を出していない自分に少しばかり驚いている。
 これから先、オレは何があろうとヨヒラを離すつもりはない。仮にヨヒラが離れたがっても、絶対に捕まえて隣にいさせるつもりだ。ハナから責任をとるつもりで傍にいるのだし、ヨヒラの家族からも半ば公認の仲となっているのだから、別に今ここで手を出してしまってもさして問題はないだろう。ヨヒラだってもう子供じゃないし、男の味を覚えるに足る体はしているはずだ。
 しかし、そのときが今ではないと思っているのもまた事実である。今のヨヒラは正気ではない。おのれを脅かすような恐ろしい夢を見て、ひどく不安定になっているだけだ。そんなところにつけ込むような形で手を出すのは男として恥ずべき行為だし、何よりこれから先ヨヒラのことを大切にできなくなるかもしれない――
 ならば、オレが考えるべきはどうやってこの場を収めるか、ということなのだが――オレがあまりにも黙りこくっていたせいか、背中のぬくもりは焦れたように体を揺らしたのち、至極ゆっくりとその身を離した。パジャマを握りしめたまま振り向いた先には、前髪に隠れたやわい頬がある。

「……ごめんなさい。変なことして」

 今にも泣き出しそうな声だ。おかげでオレの胸はまるで姉貴のガーディにかみつくを食らったときのような痛みを発し、声を出すこともできなかった。
 ……こんなにも憔悴している相手に、するべきことではなかったか。言葉を選ぶ合間に手のひらをまるい頭に持っていくと、ヨヒラはぴくりと肩を揺らして、そっとこちらを見上げてきた。

「わか……るよ。セキさんが、あたしのことをすごく大切にしてくれてるって。だから、今まで何にもしないでくれたんだよね」
「そりゃあな。おめえはオレにとって宝物みたいなもんだし、一生かけて大事にしてえんだ。だからこそ、こんなときに手を出すようなのはいけねえ」
「でも……あたしは今、したかったよ。セキさんに、怖いのぜんぶ、追い払ってほしくて――」

 震える肩を引き寄せて、腕の中に閉じ込めてやる。本当ならこのままキスのひとつでもしてやりたかったが、ここで触れちまったら何をしているのかわからねえ。すべて暴きたくなるのをぐっとこらえ、ぬくもりを宥める。
 しかし、ヨヒラはとうとうぐずりと鼻を鳴らしはじめた。……こんなことで泣かせたくはなかったんだがな。

「念のために言っとくが、オレだって別におめえを抱きたくないわけじゃあねえ。叶うならこのまま夜まで抱きつぶして、足腰立たなくしてやりてえのよ」
「じゃあ、どうして」
「おめえも言ってただろ? 大切にしてえんだ。哀しいから抱くんじゃなくて、幸せなとき、愛おしいのがいっぱいになったとき、おめえをオレのもんにしたいんだよ」

 そう言ってやると、ヨヒラは腕の中でこくりと頷いてくれる。
 余計に傷つけてしまったような気もするが、この小さな体をモノにするのは、どう考えても今じゃない。

「怖いのを追い払う方法なんていくらでもある――そうだ、今日はそれを探す一日にしねえか? やりてえことを何でもやろう。オレも何でもやってやる。……だからよ、ここからは二人で楽しいことを見つける日にしようぜ」

 背中にまわされた両腕に、ぐ、と強い力がこもる。それを了承と判断し、細い背中を優しく撫でて、泣き止むのを待ってやる。
 もうすぐお天道さんがのぼって、新しい一日がはじまる時間だ。

「午前中はふれあい広場に行ってみようぜ。今日は確か、よその地方からやってきた珍しいポケモンと散歩ができるらしいからな」

 
これにて一旦終わり!
2025/10/12

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