何も考えられないくらいに

 ドンカラスに揺られながら朝焼けのヨスガシティを進み、程なくしてあたしたちはセキさんの家に到着した。
 少し前からひとり暮らしを始めたセキさんは、時おりこうしてあたしを家に招いてくれる。と言ってもそこに下心なんかなくて、たとえばあたしが家族や友だちとケンカしたときや、今日みたいに哀しくて立ち上がれないときに、セキさんはあたしの拠りどころを与えてくれるのだ。
 もちろん、時には恋人らしく身を寄せ合うこともあるけれど、基本的にはただ寄り添って、あたしの隙間を埋めてくれるばかりである。
 でも……もしかしたら、ただあたしが気づいてないだけで、ずっと我慢させていたりするのかもしれない。そんなふうに思ってしまうのは、きっとあの夢のせいで気分が落ち込んでいるせいだ。

「……セキさん、電気つけっぱだ」

 セキさんの家は、ヨスガシティの中心地から少し外れたところにある。青い屋根がよく目立つそのマンションは、ドンカラスで飛んでいるときなんかは遠くからでもよく見えるほどだ。
 かろうじて鍵はかけられていた玄関ドアをくぐって中に入ると、こんな時間なのに中は不自然に明るかった。点きっぱなしの蛍光灯を見上げながら、あたしはぽつりとつぶやく。

「仕方ねえだろ、一刻もはやくおめえのところに駆けつけたかったんだからよ」

 言いながら、セキさんはわしゃわしゃとあたしの頭をかき混ぜてくる。
 たしかに、あんな非常識なメッセージで駆けつけてくれた人相手に突っ込むのは、少し礼儀知らずだったかもしれない。あたしが「ごめんなさい」と謝ると、セキさんは「おう」とだけ言ってドアの施錠をする。
 無機質な施錠音を聞きながら、あたしはふうとため息を吐く――正直、すごく嬉しかった。セキさんにメッセージが届いたこともそうだし、あのどうしようもないメッセージだけで、こうして迎えに来てくれたことも。本当にセキさんはずっとあたしと一緒にいてくれるんだって、あたしのことを愛してくれてるんだってことが、一挙手一投足のいっさいからひしひしと伝わってくる。
 彼に大切にされていることを実感するたび、あたしの胸は何度も何度も熱くなって、その背中を見るだけで視界が歪むこともあるくらいだった。

「っと……すまねえ、電気どころじゃねえな。ちっと片づけるからそのへんに座っててくれ――」

 脱ぎ散らかされたパジャマを集めはじめるセキさんの背中に、ぴったりと体をくっつける。
 あたしが突然くっついてきたせいで身動きがとれなくなったのか、それとも何か他の要因があるのか、セキさんは指先のひとつすら動かさなくなってしまった。

「おい、ヨヒラ」
「いいよ、パジャマ。そのまんまで」
「けどよ――」
「ごめんなさい。でもあたし、今はそっちじゃない、かも」

 やっぱりあたし、なんかちょっとおかしいんだ。今は……今だけは、もっともっとセキさんを感じていたい。……もう、何も考えられなくなるまで。
 胸の奥に潜む悪魔のような夢がどこかに消えてしまうくらいに、セキさんというおおきな存在で、あたしのことを埋め尽くしてほしかった。

 
2025/10/11

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