暗がりを切り取る

 今日という日は珍しく、胸騒ぎがして寝つけなかった。シンオウを旅している間ですら快食快眠だったオレが、よもやこんなふうになるだなんて。
 ゴロゴロとベッドのうえを転がりながら、ひどく無益な時間を過ごす。リーフィアに頼んで無理やり寝かしつけてもらうことも考えたが、しかし、こういったときのむしのしらせを無視するのは賢明とはいえない。それこそかつて相対したコロトックから手痛い一撃を食らったときのように、予想外の事態に発展することはままあるからな。
 とはいえ、こうしてぐるぐる悩むだけは性にあわないし、時間を無駄にするだけだ。眠れないなら眠れないでやるべきことをやろう――そう思い、普段避けがちな座学に励んでいたときだ。ぴこん、と無機質な通知音が鳴ったのは。
 ――こんな時間にいったい誰だ? 時刻はようやっとムックルのなきごえが聞こえはじめたくらいの頃合いで、新聞配達員でもなけりゃあみんな眠っている時間だろうに。
 
『セキさん、起きてる?』

 ……ヨヒラだ。電子的な文字からは何の感情も伝わってこないが、アイツがこんな時間に連絡を寄越すだなんて、きっと何か大事があったに違いない。
 オレは努めて冷静なふうに返信する。『おう。どうした、何かあったのか?』
 
『怖い夢見ちゃって……』
『怖い夢?』
『うん。なんか、見たこともない山奥の、すごくじめじめしたところにいて』『そのまま、茶色いポケモンに襲われる夢』

 ――その文面を目にした途端、オレの胸騒ぎは最高潮に達する。じめじめとした山奥の景色も、ヨヒラを襲う茶色いポケモンにも、おぞましいほどの心当たりがあったからだ。
 ガチグマ――かつてヒスイ地方で確認されていたポケモンであり、ヨヒラを死にいたらしめた元凶でもある。
 ざわざわと胸がうるさくて仕方ない。せっかくヒスイのことを思い出さずに平和な暮らしができているのに、魂ってやつに刻みつけられた記憶が思い起こされているのだろうか――
 オレは考えるよりも先に立ち上がり、手短に返信して支度をはじめる。一分一秒でもはやく、アイツの傍にいてやりたかったからだ。
 責め立てるかのようなムックルのさえずりをよそに、オレはまとっていたパジャマを脱いだ。

 
  ◇◇◇

 
 オレを出迎えたヨヒラは、案の定そのまるい目を真っ赤に染め上げていた。
 ぐずぐずと泣きじゃくる華奢な体を思い切り抱き込んで、背中を優しくさすってやる。オレがこうするとヨヒラはすぐに泣きやんで、時にはそのまま寝落ちてしまうこともあるくらいだった。

「このオレが駆けつけたんだ、もう怖がる必要はねえぜ。何があっても絶対守ってやっからよ」

 こくこくとうなずく小さな体は、時間帯のせいか恐怖のせいか、指先まで冷え切っている。
 こんなに不安定なヨヒラを一人になんかしておけねえ。好都合にも今日は目立った予定もないし、ヨヒラが望むのであればこのままうちに連れ帰って、ずっと傍にいてやるんだが。
 オレがドンカラスを繰り出すと、オレの意図を察したのか否か、ヨヒラはしがみつく腕の力を強くした。そのまま弱々しく震える体を思い切り抱き上げて、ドンカラスの足をつかむ。いつもより重たいものを運ばせることになっちまうが、ドンカラスの表情を見るかぎりは問題なさそうだ。
「そんじゃ、頼むぜ」オレの言葉を合図にして、ドンカラスはその場から飛び立つ。朝焼けのなかを飛ぶドンカラスは、まるで夜の暗がりを切り取ったような色をしていた。

 
2025/10/10

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