誰よりも、何よりも

 ――ここはいったいどこだろう? 妙に薄暗くてどこか色あせたような景色の真ん中に、あたしはぽつんと立たされている。
 周りには何もない。ここにあるのは嫌な湿気とゴツゴツした岩肌、それからやけに張りつめた空気だけ。それらの放つ圧によって、あたしの両足は簡単に竦んでしまった。
 ……こわい。そう認識した途端その圧はどんどん増幅し、やがてとても恐ろしい何かが来ると、嫌な予感をあたしに募らせた。足元から這い上がってくるその恐怖を彩るかのように、やがて遠くから何かが聞こえてくる。地響きのようなそれはすぐにあたしのほうへととっしんしてきて、その茶色い塊が何なのかを視認する間もなく、あたしは真っ白な世界へと投げ出された――

 
  ◇◇◇

 
『すぐ迎えに行く。ちょっとだけ待っててくれ』

 スマホの画面に表示された文字を、お守りのように眺めていた。カーテンの向こうにある空はまだ薄ぼんやりとしていて、外からはかろうじてムックルのなきごえが聞こえてくるくらいだ。
 ――セキさん、起きてる? こんな非常識な時間帯に送ったメッセージでも、セキさんは叱ることなく、すぐに返事をしてくれた。

『おう。どうした、何かあったのか?』
『怖い夢見ちゃって……』
『怖い夢?』
『うん。なんか、見たこともない山奥の、すごくじめじめしたところにいて』『そのまま、茶色いポケモンに襲われる夢』

 このやり取りのすえに返ってきたのが、冒頭のメッセージだった。
 ……あたしが、滲む画面を見てること。ふるえる手でメッセージを打ってたこと、セキさんにはわかっちゃったのかな。セキさんから『玄関前にいる。降りてきてくれ』とメッセージが来たのは、それから三十分と経たない頃だった。
 家族のみんなを起こさないように、最低限の荷物とモンスターボールだけ持って降りていく。静かに玄関を出るとそこには確かにセキさんのすがたがあって、あたしは彼を視界に入れた瞬間、再び涙があふれてしまった。
 顔をあわせるなり泣きはじめてしまったあたしを、セキさんは眉を下げて笑いながら受け止めてくれる。

「あー、よしよし。怖かったな」
「うん……」
「このオレが駆けつけたんだ、もう怖がる必要はねえぜ。何があっても絶対守ってやっからよ」
「うん……っ!」

 大きくてたくましい体に思い切り抱きついて、あたしは声をあげながら泣いた。
 足元を縛る恐怖は、未だ消え失せる様子はない。けれどセキさんさえいてくれたら、彼がこうしてつなぎとめてくれている間だけは大丈夫だと、それだけは強く信じられる。
 セキさんがそこにいてくれるかぎり、あたしはずっと「あたし」でいられる。そんなふうに感じられる彼の腕のなかは、あたしにとって何よりも安心できる場所だった。

 
2025/10/09

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