至高の愛情

「ええと……ヒルダさん? これはいったい――」

 フブキは困惑していた。目の前に鎮座する「それ」について、脳の処理が追いついていないせいだ。
 呆然とする彼とは裏腹に、並び立つヒルダは涼しい顔をしている。その横顔はどことなく誇らしげなふうで、クラマの言う「ドヤ顔」と思しきそれが、今だけは妙に不可解だった。
 フブキの困惑をよそに、ヒルダは「ドヤ顔」を崩さないまま口を開く。

「私の等身大パネルよ。アースマイトに――いえ、正確には桜屋のタクミさんに作ってもらったの。レシピは私が考えたわ」

 ああ、やはりとても誇らしげな顔をしている――
 満足気な彼女の物言いに口を挟むことは諦めて、フブキは目の前の「それ」――等身大パネルのほうへと意識を向けた。
 たしかに、あのタクミが手がけただけあって物としてはよくできている。描かれているヒルダも隣にいる彼女と相違なく、フブキが少し見上げる程度の上背もそのまま再現されていた。
 強いて言うなら、ターゲスアンブルフの制服を着ていることも相まって少しばかり表情が冷たく見えるのが気がかりだが――これはパネルがどうというより、共に暮らすなかでヒルダがずいぶん柔らかくなったというだけだ。
 なぜ当時の姿を参考に作ったのかは気になるところだが、そこを掘り下げるとややこしいことになりそうなので黙っておこう。

「物自体は理解できました。これ、最近妙に流行りだしていますよね」
「ええ、そうよ」
「ボクとしては、どうしてそれがここにあるのか、ということのほうが気になるのですけれど……」

 何を隠そう、ヒルダの等身大パネルが設置されているのは冬の社の中、しかもよりによって二人が寝所として使っている一角なのだ。
 いくらヒルダの姿が描かれたものとはいえ、二人の憩いの場に異物があるのは少し困る。とくにパネルは木材や塗料によってフブキの鼻をわずかに刺激してくれるし、このままでは健やかな睡眠を邪魔されかねない。
「これがあれば、あなたが寂しくないかと思って」フブキの問いかけにも、ヒルダはやはり淡々と答える。
 
「ボクが……ですか?」
「私だって愛する人に寂しい思いをさせるのは本意ではないわ。でも、だからといってあなたのために仕事を辞めるわけにもいかないし……そんなときに、ちょうどこのパネルの話を小耳に挟んだのよ」
「じゃあ、これはボクのために?」
「当たり前でしょう。自分のために置くなら私はフブキのパネルにするわ」

 ふん、と鼻を鳴らしながら言うヒルダに、募ってしまったのは愛しさだった。
 もちろん、言いたいことがないわけではない。いくら自分のためとはいえ、こんなものを用意させるのはどうなんだと。パネルひとつであの寂しさが和らぐはずはないと、辞めずとも勤務時間や日数を調節することはできるのではないかと――しかし、今はそれよりも彼女の気持ちを受け止めたかった。ヒルダがフブキのことを想い、不器用ながら起こしてくれた行動をこそ、フブキは愛おしく思ってしまったのだ。
 愛すべき人の子は、少しくらい抜けているのがちょうどいいのかもしれない。

「ねえ、ヒルダさん」
「なに?」
「ボク、このパネル大切にしますね」
「……! ええ、そうしてくれると嬉しいわ」

 

2025/10/08

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