練習熱心な君へ

 帰宅後、ディルックは奇妙な物音を耳にした。それは――たとえば、何かを打ちつけるような音。もしくは、削り取るような音でもあった。どれもひどく微かなものであるが、敏感な彼の耳は確かにそれを拾ったのだった。
 広い屋敷に響く音をたどると、着いた先は意外にもハーネイアの私室であった。扉の前で数度瞬きをしたのちに丁重なノックをし、断りを入れて足を踏み入れる。屋敷内で唯一赤を排除されたその部屋には、納得と驚きを両立したオレンジ色の物体がいくつも転がっていた。

「す、すみません! せっかくのお部屋なのに、こんなに散らかしちゃってて……っ」

 ハーネイアの足元に散らばっているオレンジ色の破片――それらがかぼちゃの成れの果てであると気づくのに、さして時間はかからなかった。
 理由としては今の時分と、彼女の手に専用の彫刻刀が握られていたことが大きいだろうか。近年になって少しずつ普及しはじめているそれはワーグナーの自信作で、この時期になると注文が殺到するという話を、エンジェルズシェアで何度も聞いていたから。
 とはいえ、それをハーネイアが手にしていることについて疑問があるのも事実だが――ディルックがじっと見つめていると、ハーネイアは彫刻刀を机の上に置いて、おずおずと話しはじめる。

「これは……えっと、持ち帰りのお仕事で――実は、今年から『花言葉』でもハロウィン文化を取り入れようって話になったんです。オレンジや紫のお花を多めに仕入れたり、店内を飾りつけしたり……それで、みんなでかぼちゃを彫ることにして――あ、これは練習なんですけど……っ」

 膝の上の屑を払いながら、ハーネイアはしどろもどろに説明してくれた。
 妙に視線を彷徨わせているのは、もしや室内で作業しているからだろうか? 机の下には床を汚さないようボロ布が敷かれているし、彼女の作業スペースは室内の一角に抑えられているので、そこまで焦る必要はないだろうに。
 急に黙ったディルックの様子をうかがうハーネイアは、まるで小動物のように見える。そのいじらしいさまに思わず口元をゆるめると、ハーネイアはまんまるの瞳をさらに見開いて、再び視線をうろうろと動かしはじめた。

「あ、あのう……」
「ああ、すまない。怒っているわけではないんだ。……実はまだ少しだけ書類仕事が残っていてね、君がよければ、ここで一緒に作業をしても構わないだろうか」
「えっ!? ……えと、全然大丈夫、ですけど……! でも、うるさくないですか? わたし、独り言とかいっちゃうかもしれないし」
「いいんだ。程よい雑音は作業効率の向上につながるし、なにより君がそばにいると落ち着くからね」

 ディルックがそう伝えると、ハーネイアはまるい頬を赤らめて、照れ臭そうに笑った。咲くような笑顔にディルックもまた笑みを濃くし、その柔らかな額に口づけを落とす。
 ハーネイアと共に暮らすようになって、初めての秋の出来事だった。

 
2025/09/30

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