待ちぼうけ

 フブキは今日も待ちぼうけだった。
 理由は至極単純で、居酒屋ヤチヨに勤めるヒルダの帰りを待っているからである。
 彼女は祝日を除くとほぼ毎日のように出勤していて、その直向きな姿勢を見れば彼女がヤチヨと良好な関係を築き、また仕事に対してやりがいを見出していることは明白だ。
 ヒルダがアズマに馴染んでいるのはとても喜ばしいことなのだが、しかし、フブキにとってそれはほんの少しだけ、寂しさを連れてくるものでもある。
 理由としてはいくつかあって、まず単純に、一緒にいられる時間が減る。勤務時間はもちろん、冬の里から秋の里へは距離があるため、運良く舞手に連れて行ってもらえたとしても、多かれ少なかれ二人の時間は減少する。
 次に、居酒屋で働くとはつまり帰りが遅くなることを意味する。フブキは常日頃から早寝早起きを心がけているため、ヒルダの帰宅時間になるとすでに眠くてたまらないくらいなのだ。
 正直に言うなら、ヒルダとは片時も離れたくない。二十四時間三百六十五日、ずーっと彼女にひっついてたって、フブキにとっては何の苦もないのだ。
 しかし、誰しもがそうでないことは理解している。ゆえに何も言い出せないまま、せめて「おかえり」を言うために、こうして眠たい眼をこすりながら彼女を待っているのである。
 共に暮らしているのであれば、挨拶は毎日欠かさず伝えたい。それはフブキにとって大切な交流の一環であり、ともすると最上の愛の言葉でもある。

(できるなら、ずっと冬の里にいてほしいけれど……そんなの、あまりにもわがまますぎますね)

 かち、かち、規則正しい時計の音を聞きながら、じっとヒルダの帰りを待つ。寂しがりなフブキには耐えがたいこの時間は、けれども帰宅したヒルダへの愛おしさを倍増させる要素でもあった。

(であれば逆に、ボクのほうからお迎えに行ったり、出勤のときも一緒に秋の里まで……いや、さすがに鬱陶しいか――)

 ぐるぐると思い悩んでいた刹那、フブキの耳はかすかな足音を拾った。愛おしい色をしたそれが誰のものなのかは確かめずともわかることで、フブキは耳としっぽをぴんと立たせながら社を飛び出す。
 しんしんと雪の降りしきるなか、松明に照らされた人影にフブキの心は跳ね上がった。

「ヒルダさん! おかえりなさい……っ」

 境内を歩くヒルダに飛びつく。飛び出してきたフブキにヒルダは目を見開いていたが、その表情はすぐに柔和なものへと変わり、ぴったりとひっつくフブキを優しく抱き返してくれた。

「ただいま、フブキ。ごめんなさいね、遅くなってしまって……」
「いいえ……! こうして無事に帰ってきてくれただけで、ボクはもう充分です」

 冷え切った体をあたためるように強く抱きしめる。冬の夜に立ち尽くしていては元も子もないと気づいたのは、ヒルダが小さくくしゃみをしたときだった。
 慌てて彼女の手を引いて社へと戻る。あたたかい屋根の下、上着を脱いでほっとひと息をつくヒルダは、もう片方の手に携えられた鮭のさしみを視線の高さまで持ち上げ、赤くなった頬をそのままにやんわりと微笑んだ。

「あなたならきっと待っていてくれると思って……一緒に食べましょう。内緒のお夜食ね」
「っ……はい!」
 
 

×××へのお題は『知ってたよ、君の答えは』です。
https://shindanmaker.com/392860
2025/09/29

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