晴れ間のような笑顔が

 ぽて、と居間に転がっているヨヒラを前に、セキは冷や汗をかいていた。
 別に彼自身が危害を加えたわけじゃない。ただ、遠き日の記憶が蘇っただけ。サイホーンの群れに襲われて生死の境をさまよっていたときの、青白い頬が脳裏をよぎってしまっただけだ。
 静かにその場にしゃがみこんで、華奢な肩を揺らしてみた。「んぅ」と小さく鳴く声はか細くて、生きていることに安堵する反面、どこか悲嘆を含んだ声色に胸の奥がざわつく。
 どうした、と声をかけてやると、ヨヒラは何も言わずにまるくなるのみだった。

「里のやつらと何かあったのか?」
「……んーん」
「じゃあ、ヒノアラシかニンフィアと喧嘩しちまったか」
「ちがう」
「なら……ああ、腹が減ってるとかか?」
「…………」

 セキの質問が見当違いだったのか、ヨヒラはとうとう何も言わなくなってしまった。
 さて、この子供をどうしたものか。考えることの苦手なセキは、とりあえずヨネに声をかけてみるかと再び立ち上がろうとする――が、セキが立ち去る気配を感じ取ったのか、ヨヒラの肩はぴくりと跳ね、ミツハニーの鳴くような声で何かしゃべりはじめた。

「……た、だけ」
「あ?」
「ちょっと……疲れた、だけ。ずっとにこにこしてるのしんどくて、やになったの」

 言いながら、ヨヒラは小さな体を更にまるめてしまった。そのままうごうごと壁に向かって移動し、やがて部屋の隅っこにこじんまりと収まる。
 そのまるみは愛おしくもあるが、それ以上に痛ましくて憐れだった。たまらずセキはどかどかとそのまるみへと近づいて、華奢な体を持ち上げたあと膝に乗せる。今朝ぶりに見たヨヒラの顔は困惑に染まっていたが、たしかにいつもより疲れが滲んでいるようにも見えた――よもや、こんなになるまで気づいてやれなかっただなんて。
「ヒノアラシたちは?」膝に乗せたまま肩を抱きながら訊ねると、ヨヒラはもにょもにょと言葉をこねたのち、つぶやくように答えてくれる。

「外……で、遊んでもらってる。今は楽しくいられる気がしないから、待っててって」
「おう、そうか。であれば、元気が出るまでここにいろ」
「でも、それだとセキさんに迷惑が――」
「んなもん知るか。オレはおめえのことで迷惑と思ったことなんか一度もねえし、嫁を元気づけてやるのは夫の仕事だろうがよ」

 頬をつまみながら言ってやると、ヨヒラは鼻を鳴らしながらこてんと体を預けてくる。
 華奢で、かるくて、頼りないその体を力強く抱きしめながら、セキはひたすら彼女を待った。梅雨時期の晴れ間のような笑顔が、再び視界に飛び込んでくるそのときまで。
 
 

あなたが×××で書く本日の140字SSのお題は『抱き締めても良いですか』です
https://shindanmaker.com/613463
2025/09/27

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