共に暮らすようになって間もない頃、ハーネイアは少しばかり様子のおかしいときがあった。
もちろん彼女がよそ見をしているとか、怪しい動きがあるとか、そういった意味ではない。いきなり連れてこられたら緊張するのは当然だろうし、ディルックだってその件で問い詰めるつもりは特になかった。
しかし、日常の何気ない動作にあらわれていたからこそ、それはディルックの目を引いたのだ。たとえば、指先が触れそうになったときに手を引くだとか、そういったことだ。
今まで一度も触れたことがない相手ならまだしも、彼女の手を引いて歩いたことなど何度もある――一度ならば気のせいで済むことも、何度も続けば大きな違和感となって膨れ上がり、やがて無視ができなくなった。
ゆえに、今日のディルックは少しばかり強引な手段に出た。逃げそうになったハーネイアの手首を、傷つけないよう慎重に掴む。決して逃がさないという意志のあらわれた手のひらは少女の力ではびくともせず、まんまるの瞳が困惑を秘めてしばたたくのを、ディルックはわずかな罪悪感を忍ばせながら見つめる。
「あ……う、あの、ディルックさん――」
「君は」
「ひ」
「……君は、僕に何か隠しごとがあるのか」
ぴくりと跳ねた指先に目を向ける。逃げる気配こそなかったが、ハーネイアの瞳にはやがて怯えの色が混ざりはじめた。いささか性急なことをしてしまったとまたひとつ罪悪感の塊を募らせていると、少し視線を下げたハーネイアが、ためらいがちに口を開く。
「は……ず、かしく、て」
「は?」
「あの……ごめんなさい、無意識なんです、けど……わたし、その、ものすごく手が、荒れていて。普段は手袋で隠してるんですけど、やっぱりちょっと、見せたくない、というか――あ、っ」
たまらず手袋を剥いでみると、そこには少女らしからぬ荒れた手が隠されていた。指先はひび割れ、あかぎれもいくつか散見する。痛々しいそのさまからは、彼女が自分自身を蔑ろにしていた期間の暗がりを感じさせた。
しかし、それと同時にこの傷は彼女が花屋の仕事を懸命にこなしている証左でもある。恥ずかしがる理由などどこにもないし、むしろ誇るべきことではないか。
ディルックは小さく息を吐き、震える指先のひとつひとつに口づける。指先の主がひゃ、と跳ねた声を出すのを、頭上で静かに聞きながら。
「手荒れによく効くハンドクリームを取り寄せよう。……いや、君の症状にあわせたものを作らせたほうがいいね」
「は、はひ……」
「ケースは君の好きなリンゴの形にして、香料にはセシリアの花を使うよう言っておく。そのためにも、まずは医者に診せるぞ」
「あう……でも、そこまでしていただくわけには――」
「ハーネイア」
「はい……っ!?」
現状についていけていないらしい、まんまるの瞳を見つめる。困惑の色は相変わらず残っているが、怯えはすっかり消え失せているように思える。
その向こう側に見えるのは、年相応の恥じらいと、密かな喜びの気配だった。眼底に潜むそれを隠しきれない素直さを、ディルックはひどく好ましいと思っている。
「恥ずかしがることなんてないよ。この手は、君が夢に向かって努力してきた、何よりの証明なのだからね」
貴方は×××で『唯一の』をお題にして140文字SSを書いてください。
https://shindanmaker.com/375517
手荒れの話は前にも書いたような気がするんですが、書きたい話は何回書いたってええ!と思って書きました
2025/09/23
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