「ヨネさん、あのね。ちょっと聞いてもらいたい話があるんだけど……いい?」
ポケモンたちが寝静まった頃のこと、声を潜めたヨヒラがそっと身を寄せてくる。どうやら何か、秘密の話があるらしい。
「どうしたんだい、あんたがそんなふうに言うのも珍しいね」ヨネも負けじと体を近づけて応えると、ヨヒラはおおきなたれ目をきらきらと輝かせて、少しばかり興奮気味に続ける。
「実はね、もうすぐニンフィアがうちに来て一年になるの……! だから、お祝いも兼ねてコトブキマフィンを作ってあげたいんだ。でもあたし、一人だとちょっと不安だから、ヨネさんにも手伝ってほしくて」
「なんだい、そんなことか。もちろんいいよ。せっかくだしヒノアラシにも手伝わせたいよね。……ああ、ゴンベはつまみ食いするといけないから、外でニンフィアと遊んでもらう係を頼むか」
快くヨネが答えると、ヨヒラは懐からいそいそとメモを取り出す。そこにはコトブキムラで教わってきたらしいレシピが丸っこい字で書かれていて、思わず笑みがこぼれてしまいそうになった。
――レシピのすぐそばに添えてある、彼女のメモ書きを目にするまでは。
『ニンフィアはもちもちキノコが好きだから、細かく切って入れてあげると喜ぶかも! 中に入れるのが難しかったら、トッピングに』
『丈夫で元気な子に育ってほしいし、ピーピーグサも候補。あの子は辛いのが好きだからちょうどいい』
――そうだった! この子、料理の手際は良いけどセンスが壊滅的なんだよね……! わかりやすく絶句しながら、ヨネは自分の勘違いかもしれないと目をこすり、一文字の変化もないメモを見つめる。
少しばかり踊っている字を見れば、ヨヒラがどれだけこのレシピに思いを込めているかがわかる。彼女の気持ちは大事にしたいし、出会った頃のことを思うと、この子がニンフィアと絆を育んでいるのはひどく喜ばしいことだ。
しかし、それだけで看過できない問題もこの世には数多存在する。そして、その問題のひとつに、ヨネは直面していた。
「ええと……ヨヒラ? あたしもよくは知らないけどさ、コトブキマフィンってのはいわゆるお菓子……なんだよね?」
「うん、そうだよ。ふわふわで、ほんのり甘くて、食べるとすっごく幸せな気持ちになるんだ」
「そうだろう? なら、辛味の強いピーピーグサや、あまりお菓子に使わないもちもちキノコは、ちょっと不向きじゃないか」
「でも、ニンフィアはいつも喜んでもちもちキノコを食べてるし、辛いものも好きだよ」
「それはそうだけど――ああ、それならきらきらミツはどうだい? ミツは甘くてコトブキマフィンとも相性が良いだろうし、フェアリータイプのポケモンもよく好んでるしさ」
なんとか軌道修正しようとヨネが代替案を出すも、ヨヒラはうーん、と考え込んだままメモを見つめている。
ロウソクに照らされた室内で、彼女は何を考えているのだろう――
「……いっそのこと、全部入れちゃうのもありかな――」
刹那、ヨネは全身にかみなりを食らったような衝撃と倦怠感を覚える。
そうして、愛し子のばくれつセンスを前に、これからの長い戦いに向けての覚悟を決めたのだった。
2025/09/18
※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます