近頃、ハーネイアには密かな楽しみがひとつ増えた。それは西風騎士団本部にある図書館へと足を運び、読書に励むことだ。
手に取る本の内容は毎度バラバラである。あるときは稲妻の娯楽小説を翻訳したもので、またあるときは著名な吟遊詩人の詩集――さらにはかつてモンドを騒がせた義賊パルジファルの伝記など、彼女の興味関心は様々な書籍へと平等に向けられていた。
ディルックが迎えにくるまでの時間を、このしずかな図書館で過ごす。それはハーネイアにとって確かな癒やしの時間であり、時には草花と触れあっているときと同じくらいの安らぎを彼女に与えてくれた。
時おりエラ・マスクほか皆の雑談の声も聞こえるが――ルール違反であることはスルーするとして――適度な雑音は読書に傾ける集中力を高めてくれる。ゆえに、ハーネイアは彼らの声も嫌いではなかった。
「今日は何を借りていくの? ……ああ、元素についての教本ね」
リサのささやきが耳の隙間に滑り込む。柔らかなそれは魔法のようにハーネイアを助け、胸の奥をあたたかくしてくれた。
受付での貸し出し手続きの合間に挟まれる、リサとの何気ない雑談を、ハーネイアは好んでいる。彼女と話すと落ち着くし、なんとなく自分が賢くなったような、不思議な感覚を得られるからだ。
「はい。元素っていつも何気なく使ってますけど、改めて考えたら知らないことだらけだな、と思って」
「勉強熱心で偉いわ。わからないことがあったら、いつでもお姉さんに聞いてちょうだいね」
「ありがとうございます。すっごく心強いです」
柔らかく微笑むリサの視線を横切って、ハーネイアは図書館を後にする。そろそろディルックが迎えに来てくれる時間のためだ。
今回ハーネイアが手に取ったのは初心者向けの教本である。子供でもわかるよう易しく書かれているため、今はまだ一人でも読みすすめられているけれど……きっとそう遠くないうちにリサの世話になるのだろうなと、ちょうど半分くらい進んだページをめくりながら予感する。
本は色んなことを教えてくれる。自分には想像もつかない他国の話や、ちょっとした文化の違い、視点の差――それらに触れるたびまるで世界が広がっていくようで、ハーネイアはますます書籍に夢中になっていった。
こうして世界を広げていけば、少しずつ、ディルックさんのお役に立てることも増えるかもしれない――彼女の原動力というのは、いつもそこに帰着する。
2025/09/04
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