親心

 オンドルファはため息をつく。砂漠の砂の匂いを嗅ぎながら、誰に向けるでもない独り言をつぶやき、机の上に積まれた本を眺めた。
 普段から研究や読書を好んでいるおかげか、彼がどれだけ神妙な顔をしていても、周りが変に心配したり、茶化したりするようなことはない。たまにゼゼが首を突っ込んでこようとするが、だいたいクルルファや他の住民が彼のことをとめるため、ほとんどは未遂に終わってしまう。それはオンドルファにとってありがたいことであるのだが、今だけは少しだけ寂しくもあった。
 悩みの種は他でもないグリシナである。彼女はかつてオンドルファが保護したフワリなのだが、その正体はマイスと同じく人間とモンスターのハーフで、最近になって初めて人の姿を手に入れた。
 彼女自身人間の営みに興味津々だったようで、以降はずっと人間として生活している。たまに黒毛のフワリとなって集落をうろついている姿を目にするものの、その頻度は非常に低くなっていると言えるだろう。

「まさか、あの子が妙齢の女性だったとは……」

 モンスターとしてのグリシナは――当時はまだ「フワ」と呼んでいたが――ひどく幼かった。その振る舞いや習性は種族の特性以上に落ち着きがなく、オンドルファの目に映る彼女はお転婆な女の子だったのだ。
 しかし、人の姿を得たグリシナは妙齢と言うに相応しい見てくれをしている。本人曰くあのマイスよりも年上であるらしく、言動とのギャップは激しいものの、マイスもそれを否定しないあたり、おそらく事実なのだろう。
 ……我々は、共に暮らしていて大丈夫なのだろうか。オンドルファの懸念はそこである。いくらモンスターの頃から保護していたとはいえ、端から見れば血縁者でもない男女がひとつ屋根の下で暮らしていることになる。グリシナに対して妙な気持ちを抱いたことは一度もないが、このままではいつか彼女の将来に悪影響を与えてしまうのではないかと、そんな心配ばかりが募ってゆく。
 以前一度独り立ちの話を振ったことがあるが、しかし、そのときグリシナは声をあげてわんわんと泣いた。「オンドルファと離れたくない」そうぐずる姿は幼い子供のそれと相違なく、ますます彼女の精神年齢の低さを感じさせる。その場はなんとか収めたものの、このときオンドルファの胸にまた新たな心配の種が蒔かれた。
 ありがたいことに他者から責められたことはないが、それでも「もしも」を考えてしまう――これもある種の親心なのだろうかと、またひとつ深いため息をつく、そんな夕暮れだった。

 
2025/09/02

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