幼なじみの距離感

「あれ……こーこちゃん、タツミさんのお祝いに行かないの?」

 通路の隅でしゃがみこんでため息をついていたおり、聞き慣れた声が頭上から降りかかる。同じオペレーターの制服に身を包んでいる幼なじみは、怪訝そうに首を傾げながらコズエの隣に腰を下ろした。
 誰が歩いたかもわからない地べたに制服のまま座るなんて――貴重なそれが汚れることを指摘しても、彼はきっと「それはこーこちゃんも同じでしょ」なんて言って、話を聞いてはくれないのだろうな。

「それ、さっきハルにも言われた」
「そうなの? ……ふぅん、なのに行かなかったんだ」
「うん……なんかタイミング失っちゃってさ」

 抱えた膝に額をくっつけて、今日一番のおおきなため息を吐き出す。肺が空っぽになりそうなほどのそれは地下の空気をやんわりと揺らしたが、それで現状が変わることはない。
 今日は九月一日、つまるところタツミの誕生日である。コズエにとっては自分の誕生日よりも喜ばしく特別な日であるのだが、今年はどうにも、笑顔で祝えそうな気がしなかった。
 目を閉じると浮かんでくるのだ。先ほど、エレベータに乗る前に見かけたタツミの姿が。防衛班ふくむ神機使いのみならず、アナグラの皆に囲まれてからからと笑っていた彼の隣では、見知った後輩であり先輩オペレーターのヒバリがにこやかに微笑んでいた。
 何年も前から覚悟を決めていたはずなのに、今はこの距離感がひどく苦しい。誰かの隣で笑うタツミも、タツミの隣に立つヒバリも、それぞれがそれぞれに、じくじくとコズエの心を蝕んだ。

「……ごめんね、暗い顔なんかしちゃってさ。もうちょっとしたら落ち着くと思うから、テルは先に行っててよ」
  
 もう一度、今度は短いため息を吐く。そろそろ切り替えないとまずい。今日の任務にも差し支えるし、何より自分たちの関係はアナグラでは周知である。
 かつて「アナグラきっての名トリオ」なんて言われた自分たちが今日という日に距離を置いているだなんて、誰かしらにいらぬ心配をかけてしまうかもしれない。

「……ねえ、こーこちゃん。よかったら僕と一緒に行かない? 一人より二人のほうが気が楽だと思うし、何かあったら僕がフォローするから」
「けど……」
「遠慮しないで。こーこちゃんにはちっちゃい頃からお世話になってるし、これくらいやらせてよ」

 ね、と念を押すテルオミの笑顔に、コズエはしぶしぶうなずいた。自分より年の若い彼に頼ることへの罪悪感と情けなさに気を落としながらも、しかし、そうでもしないと耐えられない自分がいることも理解している。
「……ありがとね」絞り出したコズエの感謝に、テルオミは満足げに笑って、彼女の背中をやさしくなでた。

 
お祝い感がない誕生日
2025/09/01

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