ああ、どうして自分はいつもこうなのだろう。吹きすさぶ冬の風のなか、ヒルダの脳内は自己嫌悪で満ち満ちていく。
「うーん……これは、無理に動かさないほうがよさそうですね」
フブキの静かな声は山の静寂に凛と響く。普段なら心地よいはずのそれが、今は少しだけ居心地が悪かった。
今日は二人でデートに出かける日だった。先週から約束していて、一緒に秘湯のほうまで行こう、ついでに山の花を見ようとたくさん予定を立てていたのに、よもや帰り道でこんなヘマをやらかすなんて。家に帰るまでが遠征とはよく言ったもので、ヒルダは山道の下り坂で足を滑らせてしまったのである。
転ぶのなら慣れているが、今回ばかりはそうもいかなかった。慣れない山の悪路はヒルダの足首を痛めつけ、とうとう彼女から歩く力を奪ってしまった。
「ごめんなさい、せっかくのデートだったのに……」
「とんでもありません。逢引ならいつでもできますし、今はヒルダさんの体のほうが大事ですから。……よし、ほら、乗ってください」
言うや否や、フブキは瞬きの間に白狼のすがたへと変化していた。いつ見ても圧倒される白銀の毛並みは秘湯のおかげかいつもより艶めいているように見えて、その毛づやから彼が気分を悪くしていないと実感できるのが、せめてもの幸いだろうか。
背中に乗るのは問題ないが、しかし、今のヒルダは一人で立ち上がるのも少し厳しいくらいだ。どうしようかと逡巡していると、フブキは何かに気づいたように声をあげる。
「すみません、乗れなんて言われても難しいですよね……気がまわらず申し訳ありません」
「いいえ、そんなことないわ。少しだけ待ってちょうだいね、なんとか――」
「動かないでください。……えっと、ちょっと失礼しますね」
刹那、ふわりと体が宙に浮く。視界が暗くなったり反転したりしたかと思ったら、次の瞬間にはフブキの背中に乗せられていた。襟元の違和感から察するに、おそらく首根っこを咥えて放られたのだろう。
そこに恐怖はいっさいないが、強いて言うなら、驚いている。呆然としながらフブキの背中に体を預けていると、先ほど落とした荷物が続けてぽいぽいと乗せられた。……自分も同じ目にあったのかと思うと、なんだかちょっと複雑である。
こういったときにこそ思い知るのだ。フブキがただの人ではなく、神であり、狼のすがたこそが、本来の彼であるということを。
「しっかり捕まっててくださいね」
「…………」
「どうしました? あ、もしかして足が――」
「いえ……なんだか不思議な気分だな、と思っただけよ」
2025/08/28
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