磨き抜かれた机の上には、馴染みのない景色を映した写真が所狭しと並べられている。モンドでは到底見ることのできないそれらはハーネイアの興味を引き、まるで宝物のようにきらきらと煌めいて見せた。
「……で、これがのびのびリゾートの北西にある、ティティ島での写真だな」
「これは……バーカウンターですか?」
「ご名答! さすがはオーナーの妻だ、目のつけどころが良い」
他愛ない軽口を叩きながらも、ガイアは至極丁寧に外のことを教えてくれる。
ハーネイアにとって、ナタは七国で最も縁遠い国と言えるだろう。それはモンドからの距離もさることながら、彼女が未だ炎に対して強い苦手意識を持っているからである。自分で足を踏み入れることのできない国だからこそ、こうして知人の口からナタの話を聞ける機会は非常に貴重で、興味深かった。
話の合間、再び写真に目を向ける。二桁にものぼるそれらには、どこを探してもいっさい炎が映っていなかった。
炎神の治める国であるナタは、それこそモンド人が風と共に暮らすのと同じくらい、生活と炎が密接に結びついているだろうに――そんな国で炎を排除した写真を撮るだなんて、きっとただ撮影するより何倍もの労力をかけ、頭をひねる必要があったはずだ。その心遣いを思うとハーネイアの胸はじんわりとあたたかくなり、大きな義弟への感謝の念があふれてくる。
「このバーは『ドランクハニー』と言ってな、ブリューフラワーという花の花粉から作られた蜜酒が飲めるんだ」
「花粉からお酒を作るんですか……!?」
「ああ。ただ、どうやらこの花粉には強い幻覚作用もあるらしくてな――」
ガイアがブリューフラワーの話をした途端、ハーネイアの瞳はいっそうの輝きを帯びはじめた。その色はひどく無邪気であり、よもやこのアカツキワイナリーのオーナーの妻であるとは到底思えない。
彼女の反応が予想通りだったのか、ガイアは隻眼をうんと優しく細めて微笑む。もしかすると、彼の義兄がそうするのと同じように、在りし日の記憶に思いを馳せているのかもしれない。
数年前の情景を映したかのようなやり取りのなか、ふと、ワイナリーの玄関先がにわかに騒がしくなった気配がする。ガイアを迎えたときによく似たその空気感は、屋敷の主を出迎えたのだろうと推察するには充分だった。
「おっと、ちょうどいいところに帰ってきたな。旦那様にも話したいことがあるんだ――お前も一緒に来てくれるだろう?」
「はい!」
2025/08/29
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