覚えているものだから

「ねえ、ダグ。フレイが最近おもしろい木を育ててるって話、知ってる?」
 それは火曜日の昼下がり。退屈な店番でふあふあとあくびを繰り返すダグの目を覚ましてやろうと、ブーケは商品を整理する手を止めることなく、先日ヴォルカノンに聞いた話を彼に向けて振った。
 興味があるのかないのか、糸のように細めた目をそのままにダグは返事をする。普段よりいくらか覇気のない声に、彼に襲い来る眠気がなかなかの強者であるということがうかがい知れた。
「何だったかしら……そう、キラメ木! あたしはまだ見たことがないんだけど、おばあさまに名前だけ聞いたことがあってね」
「キラメ木……確かに名前は変わってるけど、それの何がおもしろいんダ?」
「それがねー? その木、大きくなってからオノで叩くとたくさん木材が採れるらしいの。それはもう普通じゃ考えられないくらいで、やりようによっては半永久的に採れるんだって」
「へエー」
「あとは……ええと、なんて名前だったかしら。珍しい鉱石が採れるって話も教えてもらったんだけど……肝心の名前が思い出せなくて」
 脳の奥底に仕舞い込んでしまった名前を必死で手繰りつつ、悩む合間にちらとダグの様子を窺ってやる。もしかすると鉱石の話で……そう、身を乗り出すほどの関心は持たずとも、せめて少しくらいは目を開けてくれているのではないかと。
 けれども彼はカウンターに肘をつき、あからさまに興味がないといった顔をしていて。会話のおかげであくび自体はとまったものの、しかしスッキリ目が覚めた! とまではいかないようであった。
 ――鉱石の話をしたら、少しは目を覚ましてもらえると思ったのにな。思惑が外れてしまったことに肩を落とし、ブーケは死角でため息をついた。
 ドワーフは手先の器用な種族だ。セルフィアにもバドという鍛冶の得意なドワーフがいて、彼は普段の言動から想像もできないほど素晴らしい腕前を持つ。それはわざと壊れやすい武器を作ったり、はたまた目をみはるようなアクセサリーをこしらえたり、ものぐさで金儲けのことばかり考えている性格さえ直せば、きっと相応に評価されるのだろうなと思えるほど。
 とはいえその性格も難ばかりではなく、実際は意外にも他人のことを見ていたり、隣に住む姉弟の様子を見守っていたりと、年長者らしい面倒みの良さを発揮しているのだけれど――そのあたりは、あまり親交の深くないブーケにはあずかり知らぬところであった。
 話を戻すと、そうしてドワーフらしく鍛冶に親しむバドとは打って変わって、このダグは不器用さゆえかあまり鍛冶が得意ではないらしいのだ。彼と共に生活するようになってもうそこそこになるけれど、確かに今まで彼がかまどの前に立っているところを見たことはない。もちろんこの家に鍛冶をこなすための設備がないということも関係するのかもしれないが、それにしたって、まったくだ。
 人には向き不向きがあるし、別に種族がどうのこうのでダグを判断するつもりはない。苦手なことを無理強いなどしたくはなくて、彼がそれを苦手とするなら無理やり引っ張ってまでやらせたいわけでもない。
 ただひとつ思うことがあるとすれば、それは火に向かいあって鉄を打つ、燃えるようなダグの背中を一度くらいは見てみたいという、ちょっとした願望が浮かぶくらいなのだけれど――此度の話の食いつきを見るに、やはり難しい話なのだろうなと思うほかないのであった。
「……ブーケは好きなのカ? そういうノ」
 ――と、思案を巡らせているうち。予想外にもダグからの問いかけをもらい、今度はブーケが素っ頓狂な声を出す羽目になるのであった。
 カブの種をあと少しで取り落としそうになるほどの動揺を見せたブーケに、ダグはくつくつと笑ってみせる。ひどくおかしそうに肩を揺らすのを見るに、少しは眠気も覚めたのだろうか。
「ご、ごめんなさい。なに?」
「だから、鉱石とか……あとは宝石とカ? そういうやつが好きなのかって聞いてんノ」
「ええ……うーん、そうねえ。嫌いなわけではないけど、特別好きでもないかしら。もちろんもらえたらとっても嬉しいし、キラキラのアクセサリーなんて心が躍るわ」
「ふーン」
「え、ちょっと! せっかく真面目に答えたのに何よその態度はー!」
 それなりに言葉を選びつつも素直な気持ちで答えてやったというに、さして興味もなさそうなその態度はなんだ――思わずぷりぷりと文句をたれてしまうブーケであったが、そんな彼女を宥めることもしないダグは、一瞬、ほんの一瞬だけ考えるような素振りを見せた。
 このときのダグが何を思い、何のために質問してきたのか。結局このあとは何を言っても、たとえその一端ですら教えてはもらえなかったのだけれど――数年後、お世辞にも綺麗とは言えないアクアマリンの指輪を彼に贈られたとき、ブーケはふとこの会話を過ぎらせたのであった。

 
即興二次小説/1時間/経験のない木
20210317