黄金の欠片

 黄金に「誰か」の面影を見た。
 その「誰か」が誰なのか、擦り切れた記憶のページをめくってなんとか手繰ってみようとする。おそらく従軍時代の記憶だ。頭の片隅にいるのはもはや顔も朧気になってしまった男であるが、ただ無機質な日々を送るなか、「故郷に残してきた娘と同じ年頃だから」という理由で自分のことを気にかけてきた稀有な人間だった。
 当時は何とも思わない、むしろいささか鬱陶しいとすら思うほどのお節介であったけれど、思い返せばきっと彼の小さな親切があったからこそ、自分は感情や情緒といった人としての欠片をなくさずに済んでいたのかもしれない。
 彼の容姿については顔こそ不明瞭であるけれど、ただひとつ、よく映える瞳だけは今もまぶたに焼きついている。暗闇でも見失わないとすら思えるほど薄ぼんやりと光る黄金色は、おのれの銀の瞳も相まって、なんとなく、本当になんとなく目を離せないような不可思議な魅力があった。あの目がゆっくりと細められる表情に、自分はきっとある種の懐かしさを覚えていたのだろうと思う。なくしてしまって久しい「父親」という郷愁だ。
 だからよく覚えていたのだろうか、薄汚れた灰色の記憶のなか、煌々とかがやく彼との日々を。懐かしむような顔をして見せてくれた秘密のロケットペンダントと、そのなかに入っていた小さな女の子の写真。か弱そうな微笑みを浮かべる少女はやはり父親と同じ彩の瞳をしていて、きっとこの世界のどこで出会っても決して間違えることはない、そう心から思ったことも。
 薄い記憶であったとしても焼きついているものがある。自分は彼の今際に誓った。もしも出会うことがあるなら、奇跡的な巡りあわせの先に彼女を見ることがあったら、きっと彼のぶんまで必ず守り抜いてみせると。

「ねえねえダグ、見て! コケホッホーが良い卵を落としたの、今日はこれで美味しい天どんを作りましょう!」
「おまえが作るのカ? 大丈夫かヨ……」
「当たり前でしょうが、おばあさまに無理なんてさせられないもの。うちのキッチンはあたしのお城よ」
 ――とはいえ、体が弱くて大人しいと聞いていた娘がカッキーン片手にあちらこちらへ突撃するようなお転婆であったという、予想外の事態を前に少々頭を悩ませているのが現状なのだけれど。
 彼女は……ブーケは自分の想像より何倍も元気で明るかった。ブロッサム曰く体が弱いのは事実なのだが、ここセルフィアの気候もあってか彼女はみるみるうちに元気を取り戻し、ぱっと見では健常者といって相違ないほどの健康を維持しているらしい。たまに発作を起こして動けなくなった彼女を抱えて帰る日もあるし、治まるまで眠れなくなるのも確かなのだが、しかし普段の彼女からはそんな影などちらとも見えない。本当に、本当にただの「お転婆娘」としか言いようがないのだ。
「ふふ、おばあさまには何を作ってさしあげようかしら。天どんは少し重たいものね、どうせならやっぱりおかゆとか、消化に良いものがいいわ」
「そうだナ……ばあさん、昨夜もなかなか眠れてなかったみてえだシ」
「そうよね? ここのところ冷えるもの、ゆっくり休んでもらわないと」
 けれど、こうして話す合間にも彼の面影を見てしまう。記憶なんて微かなのに、顔にもモヤがかかっているのに、それでもやはり「似ている」と思う。二人の間にある血のつながり、血縁というものを、共に過ごす日々でいやというほど突きつけられる。
「ねえ、ダグ。時間にはまだ余裕があるし、もう少し奥のほうまで行ってもいいかしら?」
 だから――だから、彼女と目をあわせて話すことを、自分はひどく苦手としていた。

 
20201104