あなたのほうよ

「だから無理すんなって言っただロ!」
 見慣れた木造の天井を眺めるあたしに向かって、ダグはため息まじりに呆れたような声を出す。
 ふかふかのベッドは温かいし、ダグは隣にいてくれるうえ、言葉は少し乱暴でもあたしを気遣ってくれているという、個人的には恵まれたシチュエーションのなかにあたしは身を置いていた。
 ただひとつ問題があるとすれば、先週からセルセレッソ丘陵まで足を運び続けていたせいか疲労が立て込んで体調を崩してしまっている、ということである。あたしが悪い意味で熱っぽいため息をつくと、ダグは同じようにため息をつきながらあたしの顔をのぞき込んだ。
「……あたしにもやれることがあるかと思ったのよ」
「何のだヨ」
「セルザウィード様を連れて帰るために……何かしらのヒントとか、それでなくても冒険に役立つアイテムとか、見つけたくて」
 今こうしてあたしが伏せっているあいだにも、フレイは汗水たらして、死にものぐるいで頑張っている。セルザウィード様を――彼女にとっての無二の友人を助け出すため、身を粉にするようにして努力と冒険を重ねているのだ。
 あたしだってセルザウィード様には帰ってきてほしいし、何より数少ない友人であるフレイの力になりたかった。故郷で友人のいなかったあたしにとっては、ダグやおばあさまはもちろんフレイやメグ、シャオパイ、その他この町でできた縁のある人はとても大切で、だからこそみんなの助けになりたい。
 体が弱くて役立たずのあたしでも、きっとどこかで、何かしらの役に立てると信じていた。もしかするとそれはどこか捨鉢のような気持ちであったのかもしれないけれど。
「少しでも鍛えておけば体調を崩す頻度も減るし……いいことづくめじゃない」
「そういうのはな、きちんとペース配分とか、自分の体のことをしっかり考えてやるもんなんだヨ」
「怪我ばっかしてたダグになんて言われたくないわ」
「おまエ……!」
 だからこそ、こうしてダグに正論を浴びせられていささか居心地が悪いのである。
 去年なんてダグのほうが無理ばかりして、怪我して、ボロボロになっていたくせに。あれからひと回りもふた回りも大きくなったダグは、ゼークスの負い目も薄れてきたせいか前よりものびのびと、少しだけ冷静さも手に入れて、人として成長しているようにも見える。
 このところのダグは、なんだか前よりもずっとあたしの先を行っているようで。その歩幅の違いを感じるたびにあたしはどうしようもない孤独と、言いようのない悲哀を感じてしまうのだった。
「部屋で待ってるだけなんて、もう、絶対いやだったんだもの……」
 思わず鼻を啜ってしまうあたしに、隣のダグがぎょっとしたであろう気配を感じる。バツが悪くて顔を背ければ今度はひたすら大きくて長いため息が聞こえてきて、その所作にすらあたしの胸はぐじ、と音を立てて痛んだ。
「ほんっと、おまえ、ずりぃやつだよナ……」
 観念したようにつぶやくダグは、布団のうえに投げ出されていたあたしの手をぎゅうと握って、おそらく身を乗り出してきたのだろうと思う。少しだけ陰った視界が彼のかたちをしていたから。
 ダグは、あたしがそちらに目を向けるよりも先に、背けたまんまの顔を再びのぞき込んでくる。視線をやる勇気はない、けれど、心臓はうるさいくらいに跳ねていた。
「……今度行くときは、ちゃんとオレに声かけロ」
「な、なんでよ――別にあたし一人でも」
「守れないだロ。一緒にいないト」
 そう、ひどく落ちついた声で、事もなげに吐くものだから。
 あたしの胸の高鳴りはもはや最高潮というにも生ぬるいほど勢いを増していて。今この瞬間にできたことなんて、目をキツく閉じることと、つないだ手を思いっきり握り返してやることくらいだった。

 
×××へのお題は『ずるいのはどっちだ』です。
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20210322