心の奥にひそむ足音

子供がいる

 

 
 二階にいても聞こえてくる、鉄を打つ小気味の良い音。
 目覚ましのごとく鳴り響くそれは幼い子どもたちを夢の世界から連れ戻してくれて、ふあふあとあどけないあくびの二重奏に私は思わず微笑んてしまった。
 おはよう、今日も元気だね、そう声をかけながら二人をぎゅうと抱きしめ、二つ並んだ子供用ベッドから下ろす。まだまだ寝足りなイ、もっと抱っコ、ままのいじわル――そんな不満も聞き流しつつ、私は小さなぬくもりを両の手それぞれにおさめ、広がりすぎないよう気をつけながら階段を降りた。
 居住スペースはすべて二階にあるのだけれど、しかし子どもたちはごはんより何よりまず彼に会いたがるので。……もちろん、私だって叶うなら四六時中彼とひっついていたいから、子どもたちがそうであるというのはむしろ好都合なのだけれども。
 かつては鍛冶に集中すると何にも見えなくなっていた彼であったが、ここ数年は私や子どもたちの気配にならば気づいてくれるようになって。パタパタとけたたましい足音が耳に入ったのだろう、鍛冶による甲高い音はすぐに聞こえなくなった。がこん、とハンマーを床に置く音、水分を補給する気配。それらから程なくしてのっそりと顔を出した彼を目に入れた途端、子どもたちは私の手から離れて一目散に駆け出してゆく。

「ぱパー! 抱っこして、抱っコ!」
「おはようぱぱァ」
「ああ、おはよウ。二人とも元気で何よりダ」
「ぱぱも元気?」
「もちろン。……ああ、もうすぐトゥーナがやってくるだろうけど、二人ともちゃんと挨拶できるナ?」
「あったりまエー! トゥーナさんと一緒に朝ごはん食べるんだもんネ」

 無邪気に喜ぶ子どもたちを両手に抱え、愛おしそうに目を細める彼がいる。優しくて、あたたかくて、ずーっとほしかったかけがえのない宝物。
 ただ私はそんなすがたを見るたびにこの胸がかき乱されるような、泣きたくなるような、形容しがたい感情に苛まれて仕方がない。
 きっとそれは幸せと恐怖がないまぜになった複雑なもので、おそらく出会ってからほとんど見た目の変わらない彼を見て、ドワーフとの種族差、寿命差をここ数年になって如実に感じるようになったせいだろう。
 人間とモンスターのハーフというイレギュラーな存在の私は、きっと普通の人よりも、彼との別れが近いだろうから。

「なあ、グリシナ。今日の朝ごはんは何ダ? カレーうどんカ?」

 最愛の彼と――ガジさんと出会って、もう十五年の月日が経とうとしている。

 
シリーズ15周年おめでとうございます……!!
20210824