自分たちであれば

「タツってさ、誕生日にやりたいこととかあったりするの?」

 コズエからの出し抜けな問いかけに、タツミは大きく目を見開いて考え込んだ。彼の瞬きに呼応するようにして、照明がぱちんと音を立てる。
 言われてみれば確かに、誕生日にやりたいことなんてあまり考えない性分かもしれない。いつもその場の思いつきだったり、みんなからのお誘いやサプライズパーティであったり――自分から何か働きかけるというよりは、皆の好意に甘えるかたちで祝うことのほうが多かった気がする。
 誕生日といえば食事だが、そもそも仲間を食事に誘うのは日常茶飯事のようなもので、さして特別なことでもないし……気づけば「誕生日」や「特別」とは何なのだ、といった思考回路の迷宮に足を踏み入れてしまいそうな勢いで、タツミは深く考え込んでいた。
 様子のおかしいタツミに、コズエが気まずそうな目を向けてくる。何気ない問いかけによって悩ませてしまった、些細な罪悪感があるのかもしれない。

「ごめん、なんか変なこと言っちゃった?」
「うん? ああ……いや、まさか。そんなんじゃねえよ。ただ、あんまそういうの考えたことねえなと思ってさ」

 こんな世の中じゃあ、むしろ誕生日を迎えられること自体が最高の祝福だと言っても過言ではない。タツミの家族や、大事な人、昨日助けられなかった名も知らぬ子供――それこそ共に防衛班を作り上げたマルコだって、もう二度と「誕生日」を迎えることができないのだから。
 タツミの意図を汲み取ったのか、はたまた何か勘違いをしているのか。コズエは、再び謝罪を口にする。けれどそのまま湿っぽい空気にすることはなく、いつもどおりのからっとした笑顔を浮かべて言葉を継いだ。彼女の笑顔や言動は一気に場の空気を明るくして、戦場においては皆の士気を高めてくれる。
 コズエに長所はたくさんあるが、こういった切り替えの早いところは特に好ましい部分だと、タツミはずっと思っている。幼い頃の彼女が引っ込み思案で泣き虫だったという、そういった過去を加味したうえで。

「じゃあさ、明日はちょっと気分を変えて、『やりたいこと』を探す一日にしてみない? せっかく休暇ももらったんだし、たまにはいいでしょ。明日は総隊長の肩書きも脱いじゃってさ、一緒にアナグラを見てまわろうよ」

 言いながら、コズエはさっとソファから立ち上がって、タツミのほうを振り返る。照明に照らされたかんばせは逆光になっていて、彼女がどのような表情を浮かべているのか読み取ることはできなかったけれど……しかし、タツミの胸中に不安や疑念はいっさいなかった。なぜなら、その些細な声色だけで、彼女がどんな顔をしているか簡単にわかってしまうからだ。
 差し伸べられたちいさな手のひらを前に、懐かしさと付随した痛みをおぼえる。ちくりとしたそれらを抱えながらも、タツミの口元は自然と緩んでいた。
 ……わかるのだ。こんなときにどんな顔をしているのかくらい、濃密な時間を経た先にある、自分たちの関係であれば。

「そうだな。たまにはそういうのも、いいか」

 神機使いとして働くなかで分厚くなった、華奢だったはずの手のひら。細い指をそっと握って、タツミもゆっくりと立ち上がる。
 二人で行動することについて、「デート」だなんて軽口を叩けるような歳ではなくなってしまった。周りの茶化す声を適当にあしらえていたのは若さゆえで、今の自分たちはその言葉をどう受け止めるのだろう。相変わらず簡単にかわすのかもしれないし、ほんの一瞬気まずい時間を走らせてしまうのかもしれない――それでも自分は、コズエと一緒に過ごしたいと思ってしまっている。
 迎えたはずの決別から、自分たちはこんなにも未練がましく目をそらしていた。
 ――かちり。日付変更を知らせる針の音が、静寂に包まれた踊り場に響く。

「誕生日おめでとう、タツ」

 
タツミくんお誕生日おめでとうございます
2024/09/01