ジャックジャンヌ

息吹と死滅

 ――高科更文は天才だが……お前はどうだ? 挑戦的な笑みを浮かべた校長先生の言葉が、今もこの胸に深く突き刺さっている。 高科更文は天才だ。それはこのクォーツにて、彼の後輩として過ごした一年間でいやというほど痛感させられた。彼は紛うことなき天…

10

 ふ、と夜中に目を覚ます。いっさいの音が聴こえない静寂のなか、カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされるのは、まだまだあどけない少年の寝顔だ。 色々なものをぶちまけたせいだろうか、以前より満ち足りたような、安らいだ表情にそっと胸を撫でお…

09

 人の気配は微塵も感じられない。静寂ばかりがこの場を統べるクォーツ稽古場に、僕たち二人は立っていた。 みんな冬公演の疲れを癒やしているのだろうか。驚くほど静かなこの場所はまるで僕たち以外の人間すべてがいなくなってしまったような錯覚を見せ、本…

08

 結論から言ってしまえば、冬公演は奮わなかった。「手応えがなかった」と言うほうが正しいかもしれない。 全力だった。本番はもちろん、本読みや役の掘り下げ、稽古の隅々に至るまですべて全力で挑んだはずだ。希佐ちゃんの隣に立つジャックエースとして、…

07

「やったじゃないか、世長。ついに念願のジャックエース」 ゆったりと照らす月明かりの下、僕の背中をぽんぽんと優しく叩く先輩は、いつもどおり柔らかくその目元を緩ませている。 秋公演も無事に終わり、程なくして僕たちは冬公演へと臨むことになった。此…

06

 僕と、二番手の恋しようか――そうささやく先輩の声が、もうずっと鼓膜の奥に貼りついて消えてくれない。 夏合宿のあの夜から一転、僕たちの関係はみるみるうちに変わってしまった。……否、変わらざるを得なかったと言うべきか。「……おはよう、世長。よ…

05

 こん、こん。控えめにドアをノックすると、思ったよりも近いところから主の声が聞こえてくる。 やがてけたたましい足音とともに、おそらくあと一歩前に立っていたら額と事故を起こしていたかもしれないと危ぶまれるほどの勢いで、思い切りドアが開いた。ド…

04

 新人公演と夏公演が無事に終わり、八月も十日を過ぎればさあいざ征かん夏合宿――というわけで、ユニヴェールではクォーツのみならず、生徒たちのほとんどが胸をわくわくと昂ぶらせている。 海堂先輩のご厚意や菅知の口利きで、アンバー以外の三クラスは今…

03

 自分の身の上を知ったのはいつだったかな。細かい年齢は正直覚えてないんだけど、小学校低学年くらいの頃だったと思う。 断っておくが今の義父はとても気の良い人であって、決して彼が故意にバラしたとか、酔いが回ってぶちまけたとかそんな間抜けな理由じ…

02

「すッ――すみませんでした!!」 翌朝、土下座でもしそうな勢いでやってきたのは案の定、世長創司郎だ。 穏やかなノックの音に騙された――と言っては語弊があるが、ドアを開けた瞬間に世長は風切音が聞こえん速さで僕に頭を下げてきた。元気そうといえば…

01

スズ√固定の話、来年度くらいの設定--- 木陰に隠れてうなだれる後ろ姿に、なんとなくの覚えがあった。 しっかり立っているのにどこか儚げで膝を抱えているようでもあるその背中は、僕のなかに今まで感じたことのない衝動を呼び起こす。考えるより先に体…