短編(重雲)

陽に透ける桃園の景色

 毎年、誕生日が近づくとふと思い出すことがある。 もう十年近く前のことになるだろうか、それは残暑に片足を踏み入れた頃の、ほんの少し風が涼しくなってきた、九月初旬のことだった。ぼくは行秋や香菱が誕生日のお祝いをしてくれると聞き、万民堂へと赴い…

後悔

 わたしの命の期限というのは、どうやら人より短いらしい。 それを知ったのはもう何年も前のことだけれど、常人よりも死が近いことを恐れたことは不思議となかった。もしかすると、わたしは自分の命に関してひどく無頓着で傍観的なのかもしれない。 という…

わたしに遺された一年

「重雲っ、お誕生日おめでとう! だーいすき!」 ばむ、と正面から抱きつくと、重雲はいつも涼やかにしている瞳の凛々しさをまんまるに溶かす。無防備かつ素直なその表情が、わたしはひどく好きだった。「おい、! いきなり抱きつくのはやめろっていつも……

ひねくれるよりはずっといい

「たまに思うんだけど……重雲、君は平気なの?」 風の涼やかな昼下がりのこと、口を開いたのは行秋だった。出し抜けなそれは日陰に座り込んで特製のアイスをかじっている重雲へと向けられている。 脈絡もない親友の問いかけに、重雲は凛々しい目元をほんの…