桃一色
何気ない、よく晴れた朝のことだった。春の訪れからしばらくした今日、寝起きの視界に飛び込んできたビッグニュース。この吉報を早くに伝えたくて、朝食を食べる時間すら惜しみ、無我夢中で駆け出したのがほんの少し前のことだ。 ほんのり汗ばむくらいのこ…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
ほらな、やっぱり。
「重雲、おかえり! 待ってたよ〜」 目を開けると、そこにはひどく晴れやかに笑うのすがたがあった。 目の前の彼女は今まで見たことがないくらいに健やかなふうでいて、ぼくはその瞬間にすべてを悟る――嗚呼、これはただの夢なのだと。「どうしたの、変な…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
身辺調査・その1
「最近の重雲? うーん……そうだなあ。変わらないと言えば変わらないし、変わったと言えば変わった、かなあ? ……まあ、あんなことがあったんだから、多少の変化は仕方ないと思うけど――」 人もまばらな往来を眺めながらそう答えるのは香菱だった。 彼…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
色褪せた桃色
の養父との面識は、正直なところ、あまりない。顔や名前はもちろん知っているし、何度か言葉を交わしたこともあるけれど、特段親しいつもりはなかった。 いつだったか、あそこの義親子が鍛錬に励むところを覗き見たことがある。ぼくには想像もつかないよう…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
わたしの人生って、
わたしの人生は無駄なものなんかじゃなかったって、胸を張って言えるような人間になりたかった――なんて、そんなキラキラした考えはとうの昔になくなった。否、もしかするとどこかに忘れてきてしまったのかもしれない。 こういうとき、世間では「お母さん…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
陽に透ける桃園の景色
毎年、誕生日が近づくとふと思い出すことがある。 もう十年近く前のことになるだろうか、それは残暑に片足を踏み入れた頃の、ほんの少し風が涼しくなってきた、九月初旬のことだった。ぼくは行秋や香菱が誕生日のお祝いをしてくれると聞き、万民堂へと赴い…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
約束なんて意味がない
「なあ、。ナタに温泉があるという話は知っているか?」 重雲は、まるで大切にしまっておいた宝箱を開けるように、わたしに話を切り出した。彼の話の種は遠く離れた国、ナタについてのことだった。 重雲は続ける。自分には「純陽の体」があるから、きっと温…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
元素反応:溶解
冷たい秋風に吹かれるたび、を抱えて走ったあの日のことを思い出す。 少しずつ冷たくなっていく四肢。まるでただの「物」、もしくは中身のない器のようになっていく体を持ち上げながら、無我夢中で走った夕暮れ――あれはぼくにとって忘れられない記憶のひ…
一片冰心 原神 文章 短編(重雲)
後悔
わたしの命の期限というのは、どうやら人より短いらしい。 それを知ったのはもう何年も前のことだけれど、常人よりも死が近いことを恐れたことは不思議となかった。もしかすると、わたしは自分の命に関してひどく無頓着で傍観的なのかもしれない。 という…
原神 文章 短編(重雲)
わたしに遺された一年
「重雲っ、お誕生日おめでとう! だーいすき!」 ばむ、と正面から抱きつくと、重雲はいつも涼やかにしている瞳の凛々しさをまんまるに溶かす。無防備かつ素直なその表情が、わたしはひどく好きだった。「おい、! いきなり抱きつくのはやめろっていつも……
原神 文章 短編(重雲)
ひねくれるよりはずっといい
「たまに思うんだけど……重雲、君は平気なの?」 風の涼やかな昼下がりのこと、口を開いたのは行秋だった。出し抜けなそれは日陰に座り込んで特製のアイスをかじっている重雲へと向けられている。 脈絡もない親友の問いかけに、重雲は凛々しい目元をほんの…
原神 文章 短編(重雲)