短編(嘉明)

本日の主役たる私

 本日・八月二十三日はの誕生日だ。 翹英荘の子どもたちは皆、毎年のように大人たちから誕生日を祝ってもらう。もちろんそれはも例外ではなく、他に誕生日が被っている人もいないので、今日の彼女は翹英荘の主役だった。 一歩外に出るたび、プレゼントを渡…

長所の裏側

「ねえ、嘉明? 今週も無駄遣いしたんでしょ、あんた」 の指摘によって、嘉明はあからさまにうろたえている。 普段の彼であれば、たとえば誰に聞いたんだとか下手な冗談はよしてくれとか、さり気なく追求をかわしてくるかもしれないのに、よもやこんなふう…

私の知らない君が増えてく

 ――夢を見た。嘉明が翹英荘を出ていく日の、何も言えなかったときの夢。 この夢を見るのはいったい何度目になるだろう。きっと、両手両足すべての指を使っても数え切れないくらいの回数、私は嘉明を見送っている。いつもいつも何も言えなくて、いつもいつ…

落とし蓋

 の泣き顔なんて、今までの人生で何度も見てきた。 近所のガキ大将に泣き虫だっていじられたときとか、かくれんぼで誰も見つけられなかったときとか、仲良しのフワフワヤギがいなくなったときとか、截拳道の修行がしんどいときとか。他にも、オレは幼なじみ…

いなくなった友だち

 翹英荘では、数え切れないほどのフワフワヤギが至るところで飼育されている。フワフワヤギはとても温厚な性格で、下手にちょっかいをかけない限りは人間にも友好的に接してくれるのだ。 もちろん、翹英荘の生まれであるにとっても、彼らはひどく身近な存在…

どうしていつも私から

 ――ウェンツァイはずるい! 喉から出かかった本音を、既のところで飲み込んだ。 今、の目の前にはケラケラと楽しそうに笑う嘉明や、そんな彼にじゃれついて遊んでいるウェンツァイの姿があった。二人が仲睦まじい関係であることは誰の目にも明らかであり…

いつだって一番そばに

 家を継ぐ者として、涙腺の緩さは大敵だと思っていた。  自分は幼い頃からひどく泣き虫で、それこそ少し驚かされたくらいで簡単に涙が出てしまうような子供だった。 特段気が弱いわけではないのだが、ちょっとした刺激ですぐに涙がこぼれてしまう。嬉しい…

眠りこけてる場合じゃない

 ――嘉明のバカ! だいっきらい……! 見知った少女が泣きながら叫んでいる。 痛ましいその様子は見覚えのありすぎる光景で、もはや懐かしさすら感じるくらいだ。人としての良心のみならず郷愁の念まで刺激するそれは、心地よく浸っていたはずの睡眠をぴ…