どうしていつも私から

 ――ウェンツァイはずるい! 喉から出かかった本音を、既のところで飲み込んだ。
 今、美帆の目の前にはケラケラと楽しそうに笑う嘉明や、そんな彼にじゃれついて遊んでいるウェンツァイの姿があった。二人が仲睦まじい関係であることは誰の目にも明らかであり、揺らぐことのない事実だ。
 しかし――否、だからこそ、美帆は何より不満だった。嘉明にとって一番近しいところにいたのは幼なじみの自分であるという自負が彼女のなかには少なからずあって、だからこそその立場をぽっと出のちいさな獣に奪われたのが、どうにもひどく歯がゆいのだ。
 私のほうが嘉明のことに詳しいのに! そんなふうな恨み言を、果たして今まで何度吐き出しそうになっただろう。
 ウェンツァイが猊獣であるという話は、嘉明から直接聞いている。璃月に住まう者として猊獣の素晴らしさはよくわかっているつもりだし、彼への敬意は必要不可欠、そういった感情は自然とこの身に備わっている。ゆえに、このちいさな犬っころが自分なんかよりいくつも立派で尊い生き物なのだということも、きちんと知識として飲み込んでいるつもりだ。
 ……わかっている、はずなのに。たとえそれでも、美帆はこの嫉妬心を鎮めることができなかった。猊獣という仙人様にも引けを取らない存在相手にここまで心を揺らし、あまつさえ汚らしい感情ばかりを抱いている自分が、ひどく腹立たしくて、情けない。

(なんでみんな、とっていっちゃうの? 私から、嘉明を……)

 私のことを守ってくれる大切で大好きな幼なじみを、この世界はいつだって、優しくこの手のひらから奪っていく。
 美帆は、今も強く拳を握りしめている。「ずるい」という言葉が口から出ないように、悔しくて涙が出ないように。大好きな嘉明にこの醜い嫉妬心をぶつけてしまわないように……そして、こんなにも嫉妬深くどうしようもない自分が、嘉明にだけは気づかれることがないように。
 まるで現実逃避のように念じつづけながら、美帆はじっと、目の前にあるまばゆい笑顔を網膜に焼きつけようとしていた。その表情がかたどるのは、皆のよく知る明るくて気さくな美帆のそれに他ならない。

 
2024/06/08