1システム時間だって待てない

 戦略投資部の職務が一段落すると、アベンチュリンは決まってとある人間に連絡をとる。メッセージの内容はいつもだいたい同じもので、毎度のように「そろそろ会いに行くよ」という一文が付け加えられていた。
 メッセージを送るとき、アベンチュリンのポーカーフェイスは普段と違った形の笑みをかたどる。それはたまたま出くわした直属の部下に「なんとなく楽しそう」と言わしめるほどのもので、どうやら本人の想像よりも穏やかな雰囲気を醸し出しているようだ。 
 普段であれば人気のないところを探してからメッセージを送るのに、今日ばかりは我慢できなかった。とはいえ別に、仕事がうまくいかなかったとか、むしろ良いことがあったから、話したいことがある、そんな理由があるわけではない。ただひたすら、彼女に会いたかっただけだ。

『わかったわ! オシャレして待ってるわね、カカワーシャ』

 いつもと変わらぬ色好い返事に、アベンチュリンの穏やかな笑みはひときわ濃くなった。
 彼女の――ダーリヤの言う「オシャレする」というひと言が、どんな言葉より好きだ。
 アベンチュリンは、定期的に彼女にプレゼントを贈っている。中身としては取り留めもなく、たとえばピノコニーで目にしたネックレスであったり、可愛らしいカモのぬいぐるみであったり、はたまたバラ色のスカートであったり――ダーリヤを彷彿とさせるような物品は考えるより先に購入して、小分けにしながら贈っていた。
 ブレスレットは気に入ってくれているようだったし、ぬいぐるみと一緒の自撮りももらった。スカートだってここ最近は会うたびに身に着けてくれていて、それらをまとったダーリヤを見るたび、自分の目に狂いはなかったという満足感と、言いようのない高揚をおぼえる。
 おのれの与えたものを、何の疑いもなくまっすぐに受け入れてくれる事実が、ひどく嬉しくて、恐ろしい。まるで沼にでも足を取られているかのような錯覚が、彼女の様子を目にするたびにアベンチュリンを襲っていた。
 それでも、結局のところアベンチュリンはダーリヤのことを遠ざけられない。仲間だと認めてしまったあの日から、彼の心は良くも悪くも生きた同胞に囚われてしまっている。
 温かくもあれば後ろ暗くもあるその感情には未だ名前をつけることができず、せめて鬱屈とした気持ちだけを吐き出そうと、深呼吸を繰り返すのみである。

 
2024/06/06