原神

わたしに遺された一年

「重雲っ、お誕生日おめでとう! だーいすき!」 ばむ、と正面から抱きつくと、重雲はいつも涼やかにしている瞳の凛々しさをまんまるに溶かす。無防備かつ素直なその表情が、わたしはひどく好きだった。「おい、! いきなり抱きつくのはやめろっていつも……

ひねくれるよりはずっといい

「たまに思うんだけど……重雲、君は平気なの?」 風の涼やかな昼下がりのこと、口を開いたのは行秋だった。出し抜けなそれは日陰に座り込んで特製のアイスをかじっている重雲へと向けられている。 脈絡もない親友の問いかけに、重雲は凛々しい目元をほんの…

泣きたいときには好きなだけ

 何か特別な言葉をかわしたわけではないが、先日一夜を共にしてからというもの、ディルックと同衾する機会はぐっと増えた。 もちろん夜毎ふれあうわけではなく、むしろただ寄り添いながら眠るだけの毎日だ。ディルックの匂いが染みついた柔らかなベッドに入…

花びらより落ちる影

※公式キャラの失恋描写があります ---  ――しばらくは色々と忙しくなるだろうし、落ち着くまでの間バイトは休んだほうがいい。花言葉へは執事に使いを頼むとしよう。 ディルックの言葉に甘えた結果与えられた休暇も、昨日で終わりを迎えてしまった。…

あなたをあなたと呼べるまで

 今日のアカツキワイナリーには予想外の来客があった。――否、彼は本来であれば「来客」ではなく、ただ久しぶりに「帰ってきた」だけだ。 モンドではあまり見ない褐色肌と、特徴的な眼帯。どこかエキゾチックな容姿をしたその人は、かつてディルックと共に…

意味のある一瞬

「――ウェンティ、やっと見つけた……!」 それは、囁きの森でぼうっと過ごしていた昼下がりのことだった。ゆっくりと迫ってくる空腹の気配をごまかすように慰めていた頃、ぜえ、ぜえと息を荒らげた少女が、突如視界に飛び込んできたのだ。 不意の来訪に吟…

決して枯れたりするものか

 が事故にあった。 清泉町へ配達に行った帰り、ヒルチャールに襲われている青年を助けようとして崖から落ちてしまったらしい。その青年が迅速な対応をしてくれたおかげで命に別状はないそうだが、その知らせを耳に入れた瞬間、僕の世界はほんの一瞬すべての…

明昼の下で咲う君へ

 安心、するはずだったのに。彼が見放してくれさえすれば、すべてに諦めがつくと思っていたのに。いざその手を離されると、まるで地の底へと堕ちたような痛みが全身を襲う。今にも死んでしまいたくなるほどの絶望が視界の隅まで広がって、の足をぶるぶると震…

闇夜を照らしてくれたあなたへ

 ――夢を見た。あったかくて、やさしくて、陽だまりみたいな匂いがする夢を。 そのぬくもりはひび割れた心にゆっくりと染み渡って、亀裂のひとつひとつをじんわりと埋めてゆき……あたたかなお風呂でひと息ついたときのような、癒やしに満ちた心地よさをも…

誓いの焔

 正直なところ、真っ先にディルックを襲った感情は「困惑」だった。アカツキワイナリーの手入れされた屋敷で育った彼にとって、いま眼前に広がっている埃まみれの一軒家は良くも悪くも非日常を感じさせるものだったからだ。 腕のなかにいる少女が荒れ果てた…