果てしない序章

『あなたのお父さんはね、本当に優しい人だったの』

 それが、母の口ぐせだった。
 母はずっと私を守ってくれていた。一般的なフワリとは異なる毛色をした私を、トロくさくてすぐに捕まりそうになる私を、いつまで経っても強くなる兆しを見せなかった私を。
 だから母は、私を庇って殺されたんだ。……あれはきっと、銃だ。今ならわかる、あれが銃という道具なのだと。
 激しい轟音と飛び散る血飛沫と母の断末魔と心ない舌打ちと泣き叫ぶことすらできずにいた自分と、

「これで邪魔者はいなくなった」

 更なる愚行を思わせる汚い言葉で、私の記憶は途切れた。

 
  ◇◇◇
 

 それからのことは覚えていない。どうやってあの場から逃げ出したのかも、私がなにをされて、また私がなにをしたのかも。わからない。覚えていない。私の記憶はぽっかりと抜けていた。
 そして私は決めたのだ。なにかに導かれるように、まだ見ぬ家族を探そうと。母がよく話していたことを必死に思い出し、どうにか私の双子の片割れが「サンテモ」という名前と煌めく黄色の瞳を持っているという手がかりを得た。
 震えて使い物にならない足を叱咤し、ゆっくりと地を踏みしめる。……これからどうなるのか、今の私にはわからない。けれど、このままここに留まっていてもすぐに命を落としてしまうだろう。生き延びる術を、私は持ち合わせていないから。
 ならばせめて、一縷の望みに賭けてみたい。先の見えない未来ばかりなら、がむしゃらに足を踏み出していきたい。
 私の旅立ちは、絶望と希望の狭間から始まった。