君の面影にキスをした

5軸

 ブーケが息を引き取ったのは、そう昔のことでもない。
 頑張った、のだと思う。元来あまり強くなかった体は晩年になるとやはり端々で悲鳴をあげて、あの脆く華奢な体に数多の苦痛を連れてきた。かつて彼女の祖母がそうであったように、少しずつベッドでいる時間が増えた。やがて歩けなくなったあと、座るにも掛け声や助けが必要になるのにそう時間はかからなかったし、最後には目を開けていることが珍しいほどに弱っていった。
 それでも、彼女は懸命に生きた。何度も何度も途切れそうになった命の糸をなんとか繋いで、「ダグをひとりにしたくない」という一心で粘り強く生き続けた。子供が独り立ちして、孫まで生まれて、彼らが一人前になったすがたを見ることなんて、本来ならば叶わぬ夢だったはずなのに。
 ブーケはずっとそばにいた。文字通り、死ぬまでダグに寄り添い続けた。きっとそれはブロッサムが叶えられなかったぶんまで、二人ぶんの願いを込めて、彼女はたとえ一瞬たりともダグのそばを離れようとしなかった。
 親代わりと、妻。弱々しくも強かだった家族二人の想いを知っているからこそ、ダグは二人を看取ったことを哀しむことこそすれ、決して後悔しなかった。失うくらいなら最初から手に入れるべきじゃなかった、なんて考えはいっさい出てこなかったし、二人亡き後も人と関わることを諦めることなく今に至る。彼の心にはあるのはずっと、ひとりになった淋しさよりも「二人の家族で良かった」という想いばかりだからだ。
「……ばあさん、ブーケ。いつもありがとナ」
 家族三人で撮った写真を入れたロケット。肌身離さずずっと持ち続けているそれにほんの一瞬口づけて、ダグはピンクキャットの間でゆっくりと目を閉じる。今宵も、静かな夜の合間で二人の思い出に浸るためだ。
 朝陽は悼む暇もないくらい平等に朝を連れてくるのだから、せめてほんのひと時くらい、過去を見つめていたかった。

 
キスの日です。
20210523