形影一如

「――やっぱり、皆さん相変わらずでした。なかには、『俺たちが飲めば飲むほど酒はたくさん作られる』なんて言ってる人もいて……」
「酔っ払いにありがちな謎理論だな」

 アカツキワイナリーの屋敷に足を踏み入れた直後。旅人の視界の先には、赤と緑の見慣れたコントラストが広がった。
 燃え盛る炎を宿した男は、鋭い双眸をひどく和らげて笑っている。モンドの風をまとう少女を、花のように愛でながら。
 彼らが旅人の気配に気づくまで、そう時間はかからなかった。二人はすっかり息のあった動きで旅人のほうを振り返り、いっとう空気を和らげる。

「よく来たな、旅人。君なら造作もないことだろうが、ここまでの道のりで疲れてはいないか? 少し休んでいくといい」
「来てくれて嬉しいよ、旅人さん! ……そうだ、せっかくだからアデリンさんに軽食とか用意してもらってくるね。もちろん、パイモンちゃんのぶんも」
「ホントか!? さっすが、モンド一番の金持ちは太っ腹だな〜」

 喜びのままくるくるとまわるパイモンを引き連れて、ハーネイアは席を外す。向かう先はワイナリーの奥、おそらく厨房のほうだろう。
 良い意味で遠慮のなくなった振る舞いは、すなわち彼女がアカツキワイナリーの一員として馴染んでいることを意味している。どうやら、しばらく見ない間にこの屋敷での暮らしにもずいぶんと慣れたらしい。

「……もしかして邪魔しちゃった? 多分、この間の生産量や価格についての相談してたんだよね」
「問題ない。資料は先に受け取っているし、軽く情報共有をしていただけだ」

 ディルックの手にはどこか見覚えのあるメモが握られている。
 あれは確か、先日エンジェルズシェアでハーネイアと会ったとき、立ち並ぶ酒瓶の横に置かれていたものだ。なるほど、自分たちと談笑に励みながらも、仕事はきっちりこなしていたようだ。

「ハーネイア、本当に頑張ってるんだね」
「ああ。特に近頃は目を見張るものがあってね、エルザーも頼りにしていると言っていたよ」

 メモを手にするディルックは誇らしげに微笑んでおり、その些細な所作のひとつひとつから、彼女への慈愛が見て取れる。
 どこにでもありそうな平凡なメモ帳を、ひどく丁重に、シワひとつつかないよう胸ポケットに納めるところなんて見せられては、旅人も思わず肩をすくめてしまう――仲睦まじさは相変わらずのようだ。

「二人とも、本当に仲が良いよね」
「お陰様でな」
「あはは……で、どうなの? 最近、何か進展はあった?」

 正直、野次馬の心がなかったわけではない。ひどく下世話な話だとは思うが、しかし、大切な友人たちの仲というのは、どうしても好奇心が働いてしまうものなのだ。
 旅人の期待の眼差しを受けて、ディルックはどことなく気まずそうに咳払いをひとつ落とす。そうして、彼にしては珍しくうろ、と視線を彷徨わせたのち、その形の良い唇からひどく小さな声を漏らした。

「……式の準備中だ」
「嘘でしょ!?」

 ――なんで俺に招待状来てないの!?
 旅人の悲痛な叫び声は奥に控えていたハーネイアを呼び戻すに充分すぎるものだったが、ひょこんと顔を覗かせた彼女に、ディルックは「なんでもない」と言い放つ。
 彼の言うことをいっさい疑う様子のないハーネイアは素直に奥へと引っ込み、広間には再びの静寂が帰ってくる。残っているのは、ハーネイアの起こしたそよ風によってふんわりと香る、甘いスイーツの気配くらいだ。

「な……なんか、まずいことした?」
「いや、そういうわけではない。ただ、あの子にプレッシャーをかけたくないだけだ」
「プレッシャー?」
「俗に言う『マリッジ・ブルー』の一種だな。客観的に見れば、僕たちはいわゆる身分差恋愛をしていることになる。長らくワイナリーで生活しているおかげで、最近はだいぶここにも馴染んでくれているが……それでも、結婚となると話は別だ」

 ――きっと、そのプレッシャーは僕の立場では想像すらできないものだろうからな。
 ハーネイアの心中を慮るディルックは、気遣わしげではあれど、やはり慈愛に満ちた瞳をしている。その眼差しはモンドを吹き抜ける風よりも優しく、彼がハーネイアに向ける愛情の深さをより強く知らしめてきた。

「ちなみにだが、招待状が届いていないのはおそらくどこかで行き違いが起こっているせいだ。君の足取りはなかなか掴みにくいからな、後ほど予備の招待状を持ってこさせよう」
「ちなみに式はいつ?」
「僕の誕生日だ。あの子のたっての希望でな」

 詳しいことは――せっかくだし、披露宴で話すとしようか。
 そっと目を伏せたディルックを前に、旅人はとうとう言葉をなくす。「ああ、もう何も言うまい」と判断せざるを得なかったからだ。
 理由としては、これ以上言葉を尽くす必要がないとしたのが半分。もう半分は……「ごちそうさま」という、二人の空気に当てられた、半ばうんざりとした気持ちだった。
 ディルックからむけられる怪訝そうな目を横目に、旅人は祝福と満腹の入り混じったため息を吐く。そうして、もうすぐ届けられるであろう極上のスイーツに意識を集中させたのだった。

 
のんびり旅行記、ありがとう
2025/02/28

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