現地調査

 エンジェルズシェアは情報収集、および人探しにもってこいの場所である。
 理由は至極単純だ。モンド人は何よりも酒を愛しているがゆえ、この場にはたくさんの人間が集まる。つまり、シンプルに効率がいいのである。
 次に、酒に身を委ねた人間は驚くほど口が軽くなり、あることないことすぐ喋ってしまうようになる。「栄誉騎士」という立場もあって相手の警戒心は氷よりも簡単に溶け、尋ね人の情報を呼吸よりもたやすく手に入れることができるのだ。
 ゆえに、ここに来れば目的を達成しやすいと判断した。エンジェルズシェアのオーナーであるディルックはもちろん、酒飲みのウェンティ、ロサリア、ガイアにジン――約束の相手であるハーネイアだけでなく、ここでは数多の足跡を辿れるはずだ。
 久しい扉をゆっくりと開き、相変わらず賑やかな店内へと足を踏み入れる。一気に強くなるアルコールの香りには未だに慣れないが、しかし、どこか落ち着いてしまうのも紛れもない事実だった。
 敷地内に入ってすぐ、目の前のカウンター席に見慣れた後ろ姿をふたつ見つけることができた。ふたつ並んだベレー帽はまるで双子の兄妹のようで、愛しい妹を想起させるそれに、ほんの一瞬旅人の足は鈍いものへと変化する。

「もお、ウェンティってば起きてよ〜! こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ」
「あはは、だいじょうぶ、だいじょ〜ぶ。ボクは風邪なんて引いたことないんだから」
「またそんなこと言って……! このあいだ、キャッツテールでもないのに何回もくしゃみしてたじゃない――あっ、旅人さん! よかったあ、来てくれたんだね」

 酒場の片隅であったとしても、花は変わらず咲っている。飲んだくれた片割れを介抱するハーネイアは、旅人の姿を目に入れてすぐ、まばゆい笑顔を浮かべた。

「大変だね。この酔っ払いも、転がった酒瓶の量も……」
「あはは……ウェンティ、久しぶりに旅人さんと会えて嬉しかったみたいだよ。そのせいなのか、さっきからずっと飲みっぱなしで――」
「こんにちはぁ、旅人さん! ボクたちまた会ったね、むにゃ……」

 ――あのときもロサリアと一緒に飲んでいたくせに。まったく、この風神は相変わらずの飲ん兵衛らしい。
 しかし、テーブルの上にはウェンティのぶんのみならず、おそらくハーネイアが飲んだであろうグラスも並んでいる。隣にゴロゴロと転がっている酒瓶を目の当たりにすると、どうにも背筋が冷える心地だ。彼に付き合ってこれだけの量を飲んでいるのだとしたら、それでもいっさい顔色を変えないハーネイアはいったい何者なのだろう? 酒の香りに眩暈を起こしそうになりながら、旅人はテーブルから友人たちへと視線を戻す。
 チャールズから受け取った水を、ハーネイアがウェンティの口元へと持っていく。彼女がこんなふうに世話を焼く様子はなんとなく珍しいような気がして、思わず見守ってしまった。
 こんなところ、「あの人」に見られたらいったいどんな目にあわされるか――旅人は思わず店内を見渡し、燃え盛る炎を宿した彼の所在を確認する。不在をしっかり確かめて胸を撫で下ろす頃には、飲んだくれのウェンティはすっかり寝入ってしまっていた。

「ディルックさんなら、今日はいないよ。別のお仕事があるみたい」
「……ハーネイアって、ディルックが不在でもエンジェルズシェアにいたりするんだね」
「うん、最近はとくにね。ワイナリーの一員として、少しずつできることを増やしてるんだ。今回はちょっとした現地調査みたいなものかな」
「現地調査……って、もしかして、ブドウの収穫量が減った話と関係ある?」
「そうなの! さすが旅人さん、耳が早いね」

 くすくすと笑うハーネイアは、ここが酒場だなんてことを忘れさせるくらいに真っ白なふうに見える。ガヤガヤと騒がしい店内は薄暗いはずなのに、彼女が笑っているだけでこんなにも眩しさを見てしまうとは。思わず目を眇めながら、ひどく楽しげに職務の話をする彼女の動向を見守った。
 このひどくまっさらな少女は、酒場に染まり切ることこそないものの、かといって違和感があるわけでもない。……なるほど、彼女もやはりこの国に生まれた、根っからの「モンド人」というわけだ。

「――それで、わたしはもうちょっとここでお仕事していくつもりなんだけど……旅人さんはどうする? 飲み物くらいなら奢るから、よかったらもう少しお話しようよ」
「俺でよければ、もちろん。鹿狩りのごはんもまだだしね」
「あはは、うん!」

 
2025/02/21

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