最近、アカツキワイナリーに一匹の子犬が仲間入りした。それは比喩的な表現ではなく、本物のちいさな犬である。
愛くるしい彼はあっという間に従業員の人気者となり、首輪もしていなかったことから野良であると判断された結果、とあるメイドが嬉々として引き取っていったのだけれど――あまりにも人気があるせいか、定期的に仕事場へと連れてこられている。
非常に賢い子であるから、洗濯物にイタズラをすることも、ブドウをダメにすることもない。そのお利口さんなところもまた、人々の心を奪ってやまない理由のひとつだった。
「ディルックさん、聞いてください! 今日、ワンちゃんがわたしのお膝に乗ってくれて――」
子犬に魅せられたのはハーネイアも同じであった。元より猫を愛してやまない気質であるから、件の子犬にも文字通りメロメロになっているのである。
新しいお友だちとの触れ合いを報告してくるハーネイアは、ディルックが見てきたなかでも最上級に朗らかな笑みを浮かべている。ほんのりと頬を上気させているあたり、本当にかわいくてかわいくて仕方ないのだろう。
ハーネイアが幸せそうにしていることを喜ばしく思う、この気持ちは決して嘘ではないのだが――とはいえ、愛しい少女が自分以外の何かしらに夢中になっているところを見せられるのは、時としてみみっちい嫉妬心を誘発してしまうらしい。
「明日は一緒にお散歩に行かせてくれるらしくて……もちろん、遠くへは行かないので安心してくださ――、んぅ、っ」
話の腰を折ることへの罪悪感はあれど、留まることができなかった。気づけばディルックはハーネイアの桜色のくちびるを奪っていて、おおきく見開かれたスカイブルーの瞳を、じっと見つめていたのである。
――ラグヴィンド家の当主ともあろう人間が、なんと情けないことだろう。おのれの狭量に自嘲を重ねながらも、ディルックがその身を引くことはとうとうできないままだった。
「僕が何を言いたいか、わかるか?」
「は、はひ……ごめんなさい……」
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あなたが×××で書く本日の140字SSのお題は『子犬を拾いました』です
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2024/09/18