雨の瞳、春の頬

 ――逆に訊くけど、あんたの国の言葉であたしの目の色はどんなふうに言うの。唐突に訊ねてきたあめに、マウロはまばたきを繰り返した。
 いったい何の話だい? そう聞き返す前に、ふと脳裏をよぎった出来事がある。あれは確か先週の月曜日、夏の里での一幕だ。隣で茹だるあめの横顔があまりにきれいだったから、少しだけちょっかいをかけたくなった。そうして彼女にいじわるな――否、純粋な質問をして、ちょっと気を引いてやったのだ。
 よもや、あの出来事をあめのほうから蒸し返してくるだなんて――長い神生においては些細なひと時であろうに、その小柄な体に残るおのれの欠片に言い様のない高揚を感じつつ、マウロは当初の予定どおり、素知らぬ顔で答える。「いったい何の話だい?」と。

「その言い方……それ、絶対わかっとるやつやんか」
「さてね。でも、そんないじらしい質問をしてくるってことは、今日はテゾーロの瞳を独り占めさせてもらえるってことでいいのかな」

 言いながら、マウロはぐいと身を乗り出す。
 あいにくと、今は周りに誰もいない。二人っきりの新居で過ごしているので当たり前だが、とはいえあめを怯えさせるようなことはしたくないので、節度を守って距離を詰める。あめの「ひるみ」が「怯え」に変わらないギリギリのラインを攻めるように、雨を映した瞳をじっと見つめた。
 ……綺麗だ。マウロの脳内を占めるのは、ただそのひと言のみだった。あじさいを宿した、花のような瞳。まばたきの合間に潤む瞳は梅雨の神らしく、その瞳の内に清らかな雨を降らせている。視線を奪われるとはまさにこのことで、マウロはもはや言葉を発することも忘れて、その瞳にとらわれてしまった。
 マウロが我に返ったのは、目の端に映るあめの頬が未だかつてないほど赤く染まっているのに気がついたとき。同時に耳に飛び込んできたのは唸るような彼女の声で、急いで体を離してやると、あめはまるで倒れ込むようにその場で丸くなった。

「あんたさあ……」
「あー……あはは、ミ・ディスピアーチェ。アンタの瞳があまりに美しくて、ついつい見とれちゃったんだ」
「それにしたって限度があるやろぉ……」

 そのまま机の下にでも潜り込んでいきそうなあめは、うごうごと体を揺らしながらも、「そんで、どやった」と訊いてくる。なるほど、当初の目的はきちんと覚えているらしい。

「オレの言葉じゃあ、アンタの瞳の美しさを表しきれる気がしないね。今から新しい言葉を創り出したほうが早いくらいだ」 

 ありのままを伝えてやると、あめはため息と共にゆっくりと体を起こす。先ほどより赤みは引いているようだったが、それでもその頬は春の里の桜より華やかに彩づいていた。
「……あほばっか言うて」視線を彷徨わせながら言うそのさまが、何よりも愛おしい。手を伸ばした春色の頬はすべすべとして柔らかく、このままずっと触れていたいと思うほど。

「オレの言うことはぜーんぶ本心だよ。ちゃんと覚えててね、ずっと」

 
#novelmber 30.没入
2025/11/18

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