でん! と目の前に現れたのは、かわいいかわいいフワフワヤギがあしらわれたケーキだった。
「美帆ちゃんが元気になったのが嬉しくてね、おばちゃんつい張り切っちゃった」嘉明そっくりの笑顔で言う葉おばさんは、美帆の視線がケーキにまっすぐ注がれているのを満足気に見守っている。幼い手に握られたフォークは美帆の興奮によりじんわりとあたたまっていた。
数ヶ月前、美帆は翹英荘周辺をうろついていた宝盗団を単身撃退した。ただその代償は重く、手痛い反撃を受けて利き腕を骨折してしまったのである。今日は快気祝いとして葉家を訪れていたのだが、どうやら美帆はもてなされる側でもあったらしい。
「おばさん、これっ、私の……!?」
「そうだよ。ね、嘉明」
「おう! ここ見てみろよ、ほら。おんなじツノの形してるだろ、美帆と仲良しのフワフワヤギとさ!」
嘉明が指差す先にあるのは、ホールケーキの上に描かれたヤギのツノである。美帆の仲良しのフワフワヤギは過去の怪我のせいか右側のツノが少しだけ曲がっていて、デコレーションのフワフワヤギにはその特徴がしっかりと反映されていた。
母が「一人で行っておいで」と言っていたのはこのためだったのか――美帆の瞳はひときわ強い輝きを放つ。今にもよだれを垂らしそうな彼女を見て、葉おばさんは呵々と笑った。
「それじゃあ、そろそろ食べよっか。今のうちに食べとかないと入らなくなりそうだもんね、晩ごはんがさ。李さんちのことだから、きっとごちそうを用意してくれてるんだろう?」
「うん……っ! だから、お父さんもお母さんも、お外でいっぱい遊んできなさいって言ってた」
「アハハ、そうだよね。……よぉ〜し、じゃあ切るよ――」
言いながら、葉おばさんはケーキを切るための包丁を手に取る。丁寧に砥がれたそれの切れ味がバツグンなことは美帆もよく知っていて、この包丁で作られる叉焼を、嘉明と一緒に今までたくさん食べたからだ。
きらりと輝く切っ先が、フワフワヤギのツノに添えられる。すう、と滞りなく入る刃を前に、美帆は思わず声をあげた。彼女がおのれのしでかしたことの重大さに気づいたのは、驚いて手をとめた葉おばさんと、隣で目を丸くする嘉明からの視線が、同時に深く刺さったときだ。
「あっ……ご、ごめんなさい……! 違うの、あの」
「どうしたんだよ、美帆? お腹でも痛いのか?」
「そ、そうじゃなくて――」
フワフワヤギさんが、かわいそう――言う前に、美帆の喉はぎゅうと詰まった。ほろほろと涙があふれて、とまらなくなってしまったからだ。
しかし、葉おばさんに美帆を責める様子はない。それどころか微笑ましく目を細めて、使い古した竹ざるを嘉明に手渡した。これは彼女からの「踊ってやりな」の合図だ。
美帆の涙はすぐに止まる。しかしそれは嘉明の獣舞のおかげではなく、気合いを入れた彼がその場を思いっきり飛び跳ねたせいで、机が大きく音をあげたせいなのだが……この日のドタバタ騒ぎは、何年経っても二人の脳内に強く刻み込まれたままなのだった。
2025/10/23
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