色褪せた桃色

 桃琳の養父との面識は、正直なところ、あまりない。顔や名前はもちろん知っているし、何度か言葉を交わしたこともあるけれど、特段親しいつもりはなかった。
 いつだったか、あそこの義親子が鍛錬に励むところを覗き見たことがある。ぼくには想像もつかないような過酷かつ苛烈な手合わせは――当時のぼくがまだまだ幼かったせいでそう見えただけかもしれないが――心臓をどくどくと激しく働かせ、手のひらに汗を滲ませた。
 ……方士として、それが必要なことであるのは重々承知のうえだ。強くならなければ妖魔を祓うことはできないし、時には返り討ちに遭ってしまうこともあるだろう。そうなっては本末転倒で、何事も命あっての物種なのだ。
 特に桃琳は新進気鋭の方士として――もしくは特異な体質を持つ人間として良くも悪くも耳目を集める存在であったから、その程度はひときわだったはずだ。
 それでもぼくは、桃琳にこんなことをしてほしくはなかった。これ以上傷つけられるところを見たくなかったし、ずっと、どうにか守ってやりたかった。ぼくのこの手で桃琳を守って、もう二度とこんな血なまぐさい戦いに身を置くことも、日々の苦痛に苛まれることもないような、平穏無事の人生を送ってほしかったのに――
 ぼくの願いはもう二度と、この一生をかけても叶えられることはない。
 もはや、この現状こそが何より残酷かつ非情なものであるだろう――璃月の乾いた秋風に吹かれるたび、ぼくはまぶたの裏に色褪せた桃色を蘇らせている。

あなたが×××で書く本日の140字SSのお題は『Cruel』です
https://shindanmaker.com/613463

2024/09/30