時おり、シラシメくんはあたしのことを思いっきり抱きしめてくる。タイミングとしては、やはり家を出る前の朝のことが多い。
そのときばかりはいつものふにゃふにゃ笑顔も鳴りを潜め、ひどく真剣な顔であたしの前に立ちふさがるのだ。普段とのギャップに加えて身長差や体格差もあるから、正直なところ初めは少し怖かった。しかし、この行為も今となってはもはや日常茶飯事と化してしまっている。
最初のうちは警戒したロズレイドが背後に控えていたりもしたのだけれど……今日なんかは、「いつもどおりね」と言わんばかりにさっさと部屋の奥へと引っ込んでしまった。
「――よし。ありがとうございます」
「もういいの?」
「はい。これでじゅうでん完了です」
先立っての神妙な面持ちはどこへやら、シラシメくんはいつもどおりの晴れやかな笑顔を浮かべている。遠ざかった体温や香りが名残惜しくもあるけれど、そろそろジムへ向かわなければいけない時刻なのでそうも言ってられない。
「あはは、やっぱりナタネさんとハグしてると元気出ますねー。今日も頑張れちゃいそうです」
最後にもう一度だけあたしのことを抱きしめて、シラシメくんは出かける準備を始めた。彼の後ろをついてまわるオレンジは初めこそ首を傾げていたが、あたしたちの顔を見比べたあと、何かを察したように笑っていた。
……ほんとは、あなただけじゃないんだけどな。こういった何気ないふれあい――一分にも満たないようなハグで元気をもらっているのは、あたしだって同じ。おかげで最近はジムリーダー業も調子がいいし、ハクタイジムを発っていく立派なチャレンジャーを何人も見送っている。
「ふふ……ありがとうね、シラシメくん。お互い今日も頑張ってこーか」
「うん? はい、もちろんです」
とぼけているか、否か。垂れ下がったターコイズの瞳がうっすらと細められるのを、あたしはどうしようもない愛しさとともに見つめていた。
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2024/09/21