たとえどれだけ些細であろうと(ディルック)

 朝のお支度を手伝うとき、ディルックさんのネクタイを結ばせてもらうことがある。
 そういった経験が今までほとんどなかったわたしは、最初の頃なんか本当にもたもたしちゃって、やっと結べても形がぐちゃぐちゃで見てられないことばかりだった。きっとディルックさんもそれを見越して、少し時間に余裕のある日だとか、多少ネクタイが曲がっていても問題のないときにわたしに任せてくれていたのだろうけれど、わたしは不器用でうまくできない自分がひどく悔しくて、情けなかった。
 けれど、悔しいとか情けないとか、そんな気持ちで立ち止まっているわけにはいかない。あの人の隣に立つ人間でありたいのなら、たとえどれだけ些細であろうと欠点はなくしていかなければならない――そうして、わたしの猛特訓の日々が始まったのである。おかげで今は見違えるほどに手際よく、ぴしっとネクタイを結べるようになったと思う。
 わたしがネクタイを結ぶたび、ディルックさんは褒めてくれる。それはわたしがまだまだ下手くそだったときからちっとも変わらず、いつも穏やかに微笑みながらわたしの頭を撫でてくれるのだ。以前は自分のみっともなさのせいでほんの少し居たたまれなかったけれど、今は胸を張ってその愛情を受け止めることができる。
 わたしはいつも、こうした何気ないやり取りのなかに至上の喜びを感じ、ディルックさんへの愛おしさを募らせているのである。

あなたが×××で書く本日の140字SSのお題は『ネクタイ(タイ)』です

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2024/09/14