気が向いたらな(シャルロット)

 ねえ、ウェルテルさんってウィンクできる? 一回でいいから、ちょっと試してみてくれない? ――ただのありふれた思いつきが、今この場に横たわっている妙な沈黙の発端だった。
 
 その無邪気な提案に応えたのが間違いだったのかもしれない。彼女は――シャルロットは瞬きもそぞろに固まっていて、唇をはくはくと開閉するのがやっと、というふうだった。
 やわらかな頬がほんのりと染まっているように見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。しかし、ウェルテルにそんな事実を受けとめられるほどの覚悟はない。彼にできるのはその端正な顔立ちをぎゅっと歪めて、苦々しいため息を吐くことくらいだ。
 そうして立ち尽くしていると、ようやっと我に返ったらしいシャルロットが、慌ただしく「ヴェリテくん」を取り出してこちらにレンズを向けてくる。

「うっ……ウェルテルさん! お願い、もう一回ウィンクしてちょうだい!」

 取材のときとはまた違った様相で、シャルロットは前のめりな「インタビュー」を持ちかけてくる。一回と言ったのは何だったんだ――そんな文句はもはや喉から飛び出すこともなく、裏側から湧いてくる呆れの気持ちと一緒に腹の底へと押し込めた。
 彼女の提案へ答える前に、ウェルテルは再び重たいため息を吐く。

「気が向いたらな」

 
2024/08/18