たくさんの「幸せ」をあげたくて

「はい、ラスク! これあげるね」

 始まりは、とある昼下がりにあてもなく散歩していたときのことだった。
 グリシナがラスクへと手渡したのは、こじんまりとしたペールオレンジの包み。魅惑的な甘い香りをまとうそれを、ラスクは期待の色をちっとも隠さないまま開きはじめる。
 きっと、中に何が入っているのかなんとなく察しているのだろう。こうして彼に贈り物をするのは今日が初めてではないし、やけに上機嫌なグリシナの様子も相まって、包みの中身がなんなのかということくらい、きっとリボンのひとつでも解いてみればすぐに確信へと変わるはずだ。
 中身があらわになった途端、予想どおりラスクは感嘆の声をあげる。手のひらサイズの包みのなかで、今日焼いたばかりのチョコクッキーがにっこりと笑っていたからだ。

「わあ……ありがとう、グリシナ! ボク、これ大好きなんだ」

 めいっぱい笑ってみせるラスクに、グリシナは満足げな笑みをこぼしてうなずく。その顔が見たかったのだ、と言わんばかりのグリシナの表情は、どこか誇らしげなふうにも見えた。

「知ってるよ。だって、ラスクのためにつくったんだもん」
「え……ボクのために?」
「そうだよ。ふふ、今日はとびっきりおいしくできたから、しっかり味わって食べてね」

 グリシナの言葉をうけ、ラスクはいっそう瞳を輝かせる。意味もなく包みをくるくるとまわしてみたり、上から下から覗いてみたり……まるで幼子のような喜びっぷりに、こちらにこそぽかぽかと幸せが募っていくようだった。

「えへへ……嬉しいな。ほんと、食べるのがもったいないくらいだよ。そうだ、ボクも何かお礼しないと――」
「そんなの気にしなくていいよ。そもそも、お礼ならもうもらったもん」

 グリシナの返答が意外だったのか、ラスクはまんまるの目をたいそう見開いて声をあげる。

「だってね、シナは自分のお料理で喜んでもらうのが大好きなの。だから、こうしてラスクが喜んでくれて、『ありがとう』って言ってくれたら、もうそれで充分すぎるくらいなんだよ」

 言えば、ラスクは一瞬面食らったような顔を見せ、やがてどこか照れ臭そうに目を細めた。彼自身にもなんとなく思い当たる節があったのだろう。
 グリシナは、このシアレンスにやってきて――人間として生活を送るようになって学んだのである。自分のつくったものを受け取ってくれることや、それで喜んでくれることの素晴らしさ。
 そして、満面の笑みとともに伝えられる「ありがとう」の言葉が、何よりの褒美であり、宝であるということを。
 そういった人間の営みに感銘を受けたからこそ、グリシナは今日も料理に励み、たくさんの「おいしい」と「ありがとう」を生み出そうとしているのだった。

 
あなたが×××で書く本日の140字SSのお題は『ありがとう』です
https://shindanmaker.com/613463
いつもの長くなったやつです

2022/09/17