吐露

「交流祭、ねえ……」

 風呂を沸かすための薪割りに精を出しながら、サンテモは独りごちていた。
 近々このシアレンスと有角人の集落とで交流祭を行うらしい。長い間いがみ合っていた人間と有角人が手を取り合うため、ひいてはシアレンスの花を咲かせるためだと、近ごろのマイスは両町を奔走していた。彼の努力には敬服するところがあるし、サンテモ自身シアレンスの花が咲いたところを見てみたいと思う。だが――

「あいつも、人間とモンスターのハーフだったんだな……」

 ぱきん。最後の薪が割れる。まとめるための縄を手にして、サンテモは薪集めに取りかかった。
 あいつ“も”――そう、サンテモも人間とモンスターのハーフであったのだ。隠れて愛し合っていた人間の父と、モンスターの母。やがて母は自分と双子の姉であるグリシナを孕み、そして産んだ。順調に過程を重ねられたものの、自分たちが人間の姿とモンスターの姿で産まれてしまったことにより、両親は離れて暮らすことを決意したのだという。自分たちを、差別や迫害から守るために。
 父が亡くなってしまってからは、旅の中で親しくなったしののめの世話になり、そして今はシアレンスというこの田舎町で旅館を営んでいる。定住してしまっては母と姉を探すという目的を果たせなくなるのではと心配したが、旅好きなさくやの護衛という形で各地を回れているから問題はない。

「――よし、と。これでオッケー」

 ……いつか。この事実を彼女たちに話さなければならない日が来る。それはとても怖いことであった。この心地よい関係を、壊したくなんてなかったから。
 まとめた薪を担ぎ上げ、旅館の裏にある小屋へと放り込んでおく。仕上げとばかりに手をはたはたとはたいていると、職業柄情報や噂に詳しいさくやが転がり込んできた。

「テモはん、テモはん、決まったで!」
「ああ? なにが――」
「交流祭の日取り! 冬の月の21日やて!」

 なんとまあタイムリーな話題であろうか、今しがたそのことについて思いを馳せていたところであった。はぁはぁと息を切らすさくやの背中をさすりながら、サンテモは思案をめぐらせる。
 ――今こそ話すべきときなのだろうか。自分が人間ではないことを、さくやの嫌うモンスターとのハーフであることを、打ち明けるべきときなのか。
 悩めば悩むほど泥沼にはまりこんでしまって、実はここのところ満足な睡眠さえとれていなかったりする。

「……テモはん?」
「あん?」
「なんか悩みごとしとるやろ」

 最後に大きく深呼吸をして、さくやはサンテモに向き合った。……いつもだ。いつも、さくやはサンテモの隠しごとを一番に見抜く。つまみ食いをしたという些細なことから、体調不良や傷を黙っているという大事に至るまで。それはきっと、2人が過ごしてきた年月のなせる技なのだろう。

「隠しごと。……ナシやて約束したやろ」
「…………」
「テモはん!」

 いつになく声を荒らげるさくやに、このままだんまりを決め込むわけにもいかぬことは理解した。
 ……今更。今更この事実を打ち明けて、彼女が離れていかないという確証はあるだろうか?
 今まで築き上げてきた関係を、たった一言でぶち壊してしまわないだろうか?
 なにより彼女に、つらい思いをさせてしまうのではないだろうか?
 ――否。こうやって黙っていることこそが、なによりも彼女を傷つけているのだろう。
 ならば、サンテモのするべきことなどひとつだ。

「……あのな。怖がらないで聞いて欲しい。あと――嫌いとかも、言わないで」

 正直、今にも口から心臓がはみ出てしまいそうなのだけれど。

 
  ◇◇◇
 

「――なるほど。つまりテモはんは人間とモンスターのハーフで、どっかにおる家族を探しとる、と」
「うん……」
「マイスはん以外にもおったんやねぇ、そんな人……」

 じろじろと見つめられては正直ここを逃げ出したい気持ちになってしまうのだけれど、立場としても男としてもそんなことが許されるわけはない。
 ぐっとこらえてうつむいていると、くすくすとした笑い声が聞こえてきた。もちろんさくやのものである。

「そんな神妙な顔せんでもええやん」
「だけど……」
「ウチな、やっぱりモンスターは苦手やで? 色んなとこで追いかけまわされたりもするし……まあ、そんときはテモはんが守ってくれるから安心やねんけど」

 ゆっくりと歩み寄ってくるさくやに、思わず体がびくつく。だがそれを恥じる間もなく手をとられ、優しくぎゅっと握られた。

「……うん、それでウチとテモはんが過ごしてきた時間が嘘になるわけあらへんし。ウチとテモはんは、今まで通り家族のままや」
「さく……」
「話してくれて、ありがとう」

 ウチがモンスターを苦手なんは、商売の邪魔されるんがいややからやな。照れくさそうに続けるさくやの顔は、今までと少しも変わらないものであった。何気ないその事実が、サンテモの心にじんわりと温かいものを染み渡らせる。

「さく。……ありがとな」
「! あはは、どういたしまして!」