知ってるくせに

「逃げるなヨ」

 後ろからまわされた手は思いの外たくましかった。
 カルロスさんと比べたら細く見える彼の腕。女で、しかも年下の私のものと比べちゃいけないこともわかってるけれど。
 だけどそうでもしていないと、今の私は頭がパンクしてしまいそうなの。

「グリシナはいつも逃げてばかりダ」

 ぎゅう、と彼の腕に力がこもる。痛くはない。けど、私の力なんかじゃびくともしない。絶妙の力加減でもって、彼は私の動きを封じる。耳にかかる吐息がくすぐったい。

「そんなにオレが嫌いカ?」
「ちがっ――」
「じゃあ、どうして逃げル」

 言葉につまる。続きが出ない。
 うまい言葉が見つからないの。
 だって、だって私は――

「わ、かってるくせに……」
「なにをダ?」
「わ、私が、が、ガジさんの、ことを」

 こんなに。こんなに、目もあわせられないくらいあなたのことを好きだって。あなただってわかってるくせに。

「いじわる……」

 好きだとか、愛してるとか。そんな言葉も出ないくらい、あなたのことが大好きなのに。