君の恋路はアスファルト

「じゃあ、リナリア。あたし行ってくるけん……!」

 右手と右足を同時に出さん勢いのマリィは、ふわりと良い香りを漂わせながらわたしに背を向けて歩いていった。目指すはエンジンシティの駅、ひいてはお兄ちゃんの待つブラッシータウン方面である。
 今日は二人のデートの日だ。ブラッシータウンから果たしてどこへ行くつもりなのかは知らないけれど、マリィがずっとほくほくした様子でスマホのメッセージを繰り返し見ていたので、おそらくとっても楽しいところへ遊びに行くのだろうと思う。……ううん、きっとマリィはお兄ちゃんと一緒に行けるならどこだって楽しいし嬉しいんだろうね。
 かくいうわたしがなぜここにいるのかというと、どうにも落ちつかないらしいマリィの緊張を適度にほぐしながら、のんびりとエンジンシティの駅まで送りに来ただけである。結局昨夜は買い物や作戦会議で遅くなってしまったので、このまま帰るのも忍びないということで久々にホテルスボミーインに宿泊して、二人でワイワイはしゃぎながら一夜を明かしたのだ。もちろん今日に支障があっては困るので、そのへんはまあ、ほどほどに。
 今日のマリィはいつにも増して気合いが入っている。いつもふたつに結んでいる髪の毛を下ろし、ふわふわのワンピースに甘い色のジャケット、可愛いピンクのリュックを背負って歩くマリィは、きっと世界中の誰が見ても「美少女」と称するであろう可愛らしさがあった。実際わたしもあまりの可愛さに目玉を落としそうになったし、ヨクバリスなんて緊張してカーテンの影から出てこなかった。素材が良いとか悪いとかそんなことは関係なくて、今日のマリィは誰もが憧れるであろう「恋して可愛くなった女の子」に他ならないのだ。

「恋……恋かあ。……いいなあ」

 マリィを乗せた電車が出発する。ガタンゴトン、ガタンゴトン、規則的な音を見送ったわたしの口から出てきたのは、あまりにも未練がましい羨望の言葉だった。
 わたしはマリィを応援している。相手はどうあれ友人が恋に奮闘しているのだ、それにエールを送らずして何を友情と呼べるのだろう。
 マリィのことも大好きだ。クールで、落ち着いていて、芯が強くてひたむきで、良識を持つ彼女のことをわたしは強く尊敬している。大事な、大事な友だちなのは天地がひっくり返っても覆らない事実なのに。
 ああ、でも、どうしてだろうな。わたしは時々マリィのことがひどく憎くて妬ましくなる。好きな人に好かれていて、可愛くて、人が欲しがるものを何でも持ってるあの子のことが、憎くて憎くて憎くて憎くて、どうしようもなく腹立たしくなるときがある。
 どうしてそんな感情に襲われるのかと言われたら、実はわたしにもほんの少し前まで好きな人がいたのだ。否、もしかすると今もまだ気持ちを捨て切れていないかもしれない、その相手は何を隠そう哀愁のネズさんで、そう、奇しくもわたしは「友人の兄に恋をする」という、マリィとまったく同じ条件で恋をしていたはずだった。
 でも、そう。結論から言えばわたしの恋はダメだったのだ。別に振られたわけじゃない。誰かライバルがいたわけでもない。ただわたしは諦めてしまった。自分なんかじゃダメなのだと、ネズさんに相応しいのはわたしなんかじゃないのだと、恋という道を歩き出す前にわたしは靴を脱いでしまった。意志が弱くて諦めがちで、何をやっても続かない、そんなわたしだからこそ、ジムチャレンジを完遂することができなかったのかもしれない。友人――もはや親友とも呼べるであろうマリィにすら相談できなかったわたしの恋心は、きっとその程度のものであったのだろう。
 わたしの恋は咲かなかった。種を植えるだけ植えて、水をやる前に花の大きさに自信がなくて、それを咲かす勇気がなかった。みっともない花を咲かせるのが嫌だった。そんなわたしがマリィのことを、きちんと恋を育んで絶えず水をやり続けている相手を妬むだなんてお門違いにも程があるのに、それでもわたしの汚い心は時おり彼女の話を拒む。応援し続けているのも確かなはずなのに、ふいにすべてを壊してめちゃくちゃにしてやりたくなるのだ。
 そんな浅ましい考えをしているからこそ何も叶えられないのだと、わたしはきっと知っているのに。

 
20201105