少女にとっての決戦前夜

 ブティックというのはいいものだ。
 わたしの出身地であるターフタウンにはブティックらしいブティックがなくて、こんなにオシャレで可愛い服を見ることなんてほとんどなかった。少し垢抜けたファッションの人はすぐにジムチャレンジャーだと気づけるほどあの町はもっさりとしていて、いや、もちろん探せばいくらでもオシャレな人はいるのだろうけれど、少なくともわたしの周りにそういう人はいなかった。
 だからわたしはかつてのジムチャレンジの合間にもブティック巡りを楽しんだ。もちろんガラル地方を旅してまわらなければいけない手前、旅費やアイテムにかかるお金は馬鹿にならないし、食料その他諸々を加味すると服に使えるお金なんてそれこそスバメの涙に等しい。
 それでもわたしは楽しかった。少ないお金をやりくりしながら好きなものを買えること。広い世界をじっくり見てうんと楽しめるショッピングがわたしにとっての何物にも代えがたい喜びで、その喜びを共有できる数少ない相手――それこそが、今わたしの隣にいるマリィなのである。
 今日はジムリーダーを頑張る彼女のお忍び……というか、ちょっとした前夜祭と作戦会議を兼ねて二人でエンジンシティまでやってきていた。マリィは店内をうろついてはうんうんと唸っていて、わたしは帽子や靴を見ながら彼女の様子を窺っている。

「……ねえ、リナリア。これとこれ、どっちがいいと思う?」

 なんとか候補を二つに絞ったらしいマリィが、足元をうろつくモルペコに注意を払いつつ、両手に持ったワンピースをわたしのほうへ向けてくる。
 片方は、いつもマリィが好んでいるような明るいピンクのワンピース。色こそ抑えめだがわたしとしてはデザインが少し派手というか露出が多いというか、まあ、マリィが着たら様になるものなのだろうと思う。マリィは普段からミニ丈でしっかりキメているから、こんなデザインでも普通に着こなせちゃうのだろうな。
 もう片方はとても淡い水色の……いわゆる「清楚」を全面に押し出したようなワンピースだ。ふわふわのレースをあしらったそれはマリィが選びそうなものではなく、なるほど、お兄ちゃんのことを意識しているのだなとわたしはすぐにピンときた。うんうん、わかるよ、お兄ちゃんってこういうデザイン好きそうだものね。
 わたしが訳知り顔でにやにやしていると、マリィは「真面目に考えて!」と唇を突き出してそっぽをむいた。わかったよ、ごめんね、そう言いながらふたつのワンピースを見比べる。うーん、正直どっちを着ても似合いそうな気がするけどな。

「マリィは元々の素材が良いから、何を着ても普通に可愛いと思うよ」
「普通じゃダメなんだってば……とびっきり可愛くなりたいし」
「お兄ちゃんのために?」
「うるさいな……モルペコ、リナリアにオーラぐるま――」

 突然のダイレクトアタック――!
 わあわあわあ、とわたしが両手を振って慌てると、マリィはなんとなく満足そうに笑うような素振りを見せた。どんなもんだい、と胸を張っている様子は少しだけ微笑ましく、わたしは小さくため息をついて再びマリィとワンピースへ目を向ける。
 けれど何度それらを見ても、穴が空きそうなほど見つめてみても答えなんてものは出ない。むしろわたしにとっては「どっちも似合う」が答えであるとすら思えてきた。

「うーん……でもさあ、本当にどっちでも似合うんだよ。こっちはいつものマリィがもっと可愛くなったって感じがするし、こっちのほうは髪型とか変えて、マリィの新たな一面! とかできちゃうじゃん」

 わたしが思い切り頭を悩ませて言うと、マリィはそれに嘘も偽りもないとわかってくれたのだろう、そっか……とワンピースを棚に戻して同じく頭を悩ませる。店員さんに聞いてみる? とアドバイスにもならない提案をしてみるけれど、そこまでするほどじゃなか……と絞り出すように却下された。

「お兄ちゃんだって、どっちのマリィも可愛いよって言ってくれると思うけどな」

 再度お兄ちゃんの名前を出すと、マリィはちらりとこちらを見てほんのりと頬を赤くする。そう、実は今日の買い物は他でもないお兄ちゃんのために行われているものなのだ。
 先日、半ば勢い任せにお兄ちゃんをデートに誘ったマリィは、もはや拍子抜けなんて言葉じゃ足りないほど簡単にOKをもらってしまった。今までお兄ちゃんがマリィの申し出を断ったことなどなくて、それこそポケモンバトルくらいラフに誘えばいいのにとわたしが言ってみるけれど、マリィには「バトルとデートじゃ全然違うけん!」とずいずいと詰め寄りながら全力で否定をされてしまった。
 まあ、そう、つまり今日はそのためのお洋服を買いに来たわけで。マリィといえど、やはり好きな人とのデートに着る服は時間をかけて選ぶらしい。恋する女の子というのはとても慎重で、なおかつ優柔不断な生き物であると、さすがのわたしも知っている。なんとなくの覚えがあるから。

「明日のデート、うまくいくといいね?」

 あっという間に明日へと迫ってしまったデートの日を思い、マリィは両手で顔を覆いながらその場にへたり込んでしまった。珍しい主人の動揺に同じく慌ててしまったモルペコは、けれどもマリィが決して悲しんだり苦しんだりしているのではないと理解した途端、わたしに負けず劣らずのニヤケ顔を晒している。あ、これははらぺこもようだな。
 もう本当に、どうしよう――マリィの悲痛なつぶやきを眼下にしながら、わたしは自分の買い物をするため、色とりどりの商品をゆっくりと物色し始めるのだった。

 
20201101