アイ

 今日のグラジオさまはなんとなく挙動不審だ。
 わたしの顔をちらちらと見たり、そばに寄っては口を開きかけ、そして閉じたり、後ろ手に何かを持っているような素振りを見せたり、とにかくいつもと違うお姿を見せてくださる。
 わたしとしてはただ「かわいらしい」という感想が出るのみなのだけれど、おそらくこれも最適解ではないのだろう。グラジオさまの意図するところを見抜くべきだとは思う、けれどもう少しだけ、きっとわたしのことで悩んでいらっしゃる彼のすがたを見ていたいと思ってしまうことは許されるだろうか。なんとなく嬉しく感じてしまうのだ、あの方がわたしのことで頭のなかをいっぱいにしていることが、そしておそらくそのときだけは代表代理としての重責から少なからず救われているだろう事実が、わたしの胸をなんとなくだがあたたかくする。――それはもしかすると、「いとおしい」というひと言で片づけられてしまう感情なのかもしれないけれど。
 傍らのジュナイパーに身を寄せながら物思いに耽っていると、どこか決意を新たにしたようであるグラジオさまに名を呼ばれる。わたしが小さく返事をして向き直れば、グラジオさまは一瞬ひるみながらもわたしに小さな包みを差し出した。ああ、このひと時も終わりか、だなんて罰当たりなことを思いながらわたしがそれを受け取ると、表情に出さないよう努めてらっしゃるグラジオさまが小さく口を開く。
「……今日は記念日だからな」
「記念日ですか?」
「ああ。……オマエが、オレの世話係になった日だ」
 グラジオさまは続ける。
 今でもあの日を昨日のことのように思い出せると、目を閉じれば浮かぶ情景があると。ひと目見たときから仲良くなりたくて、わたしが来ることを楽しみにして、夜も眠れずにずっと待っていてくださったのだと。毎夜ピィを抱きしめてはわたしの話をして、たくさんたくさん遊びたくて、だから6年前の今日は自分にとってとても大きな節目であった、と。
 普段の寡黙であろうとするお姿を和らげながら、ほんの少しだけ饒舌に話してくださるグラジオさまの耳は真っ赤である。ああ、ああ、なんと愛おしいのでしょう。とても可愛らしくいじらしい様に、わたしの頬もまた緩む。呆気に取られたようなグラジオさまのお顔を見るに、今のわたしはとてもみっともない顔を晒しているのでしょうね。
「ありがとうございます、グラジオさま。わたしは……わたし、本当に幸せ者ですね」
 この手のひらの上にある小さな包みが、わたしにはまるで宝箱のよう。開けてみろ、と促されて淡い藤色のリボンをほどくと、中から出てきたのはモクローの羽根を模した髪飾りだった。わたしのパートナーポケモンがジュナイパーであることを鑑みてのチョイスなのだろうか、その気遣いに目頭が熱くなる心地がする。くい、とグラジオさまの手が導くままに傍らの丸椅子に腰かけると、わたしの手から髪飾りをすくい上げたグラジオさまによってそれはわたしの髪へと着けられた。いつも凛々しく整った目元がゆるむ、その表情にわたしの胸が人知れず高鳴る。
「オマエの髪によく似合うと思ったんだ」
 グラジオさまの言葉にわたしのジュナイパーも頷いている。おそろいと思ったのだろうか、珍しくじゃれるように擦り寄ってくるジュナイパーとそれを迎え撃つわたしの様子を見つめるグラジオさまの目は、ひどく愛おしそうに見えた。
「ありがとう、ピエリス」
 そろそろ羞恥心の限界なのだろう。小さく断りを入れて去っていくグラジオさまの背中を見つめながら、わたしの胸は未だ早鐘のように鳴り響きつつもどこか締めつけられるように痛んでいる。
 ――グラジオさま。今日はある種の節目であったとあなたはおっしゃいましたね。でもね、それはわたしも同じなのです。
 記憶をなくして、故郷を捨てて、アローラをめぐってもなお空っぽだったわたしに生きる理由を、存在意義を、この身の価値を与えてくださったのは他でもないあなたなのですよ。
 このわたしに「ピエリス」という個人をくださった、言わば命をくださったのです。だからきっと、わたしに誕生日というものがあるとしたら今日という日に他ならないでしょうね。

 
夢主の本当の誕生日と、世話係としての個人を与えられた日、両方同じだったらいいなあ。みたいな話です

20170406