おはよう、だいすき

「グラジオさま、グラジオさま。起きてください、もう朝ですよ」
 エーテルパラダイス奥のお屋敷、グラジオさまの自室にて。まっしろなベッドにかかるまっくろなお布団に手を添えながら、わたしはグラジオさまに呼びかけている。
 時刻は午前7時12分、オニスズメやツツケラの声が窓の外から聞こえてくる、健全で健康ないつも通りの朝だ。枕元にあるボールを見るとどうやらシルヴァディたちもまだまだおねむのようで、しっかり目を覚ましているのはルカリオくらいのようだった。もう少ししたらボールから出してあげましょう。
「んん……あとごふん――」
「いけません。ビッケさまには通用するかもしれませんが、わたしにその手は効きませんよ」
 ばふん! ふかふかの掛け布団を叩くと、グラジオさまは居心地が悪そうに寝返りを打ってわたしに背を向ける。もぞもぞと頭を引っ込める姿が愛らしくてついついこのまま寝かせてしまいそうになるのだけれど、ダメです、いけません、そう言いながらわたしは最後の手段としてグラジオさまのお布団に手をかけた。いざとなったらお布団を引っぺがす、それは連綿と受け継がれる目覚まし法のひとつですもの。
「今日はメレメレ島に行って、しまキングのハラさんとお話する予定がございますでしょう!」
 心ないトレーナーに傷つけられ捨てられたポケモンを数匹保護したから早めに迎えに来てほしい、そうハラさんから連絡をいただいたのはつい先日のことだった。ついでにメレメレ島の財団活動について話し合いをしたり、ポケモンたちの様子をお聞きしたり、時間があればバトルの稽古をつけていただいたりなど、グラジオさまは今日という日をそこそこ楽しみにしていらしたと記憶している。
 なので。こんなところでゆうわくに敗北を喫させるわけにはいかないのだ、わたしにはグラジオさまを連れて行かせる義務が――
「ピエリス……」
「はい? ――ッあ、え、わあっ」
 ゴニョゴニョと寝言混じりのひと言に、わたしの手が一瞬とまる。掛け布団を握りしめた手の力が緩んだその一瞬を狙ったのかはたまたただの偶然か、いつの間にやらこちらを向いていたらしいグラジオさまは隙をついてわたしの手をとり、そしてあろうことかわたしをベッドのなかに引き入れた。
 肌触りの良いシーツ、グラジオさまの体温でほんのりとあたたかくなったお布団、何より目の前にあるグラジオさまのお顔、香り、寝起きゆえに少しだけ熱い体。――生娘のようなことを言うつもりはないけれどこれは少々刺激が強すぎる、据え膳食わぬはなんとやら、この無防備な姿に果たしてわたしはどこまで耐えられるのでしょう。
 ちらりと上方を仰ぎ見ればなんとなくニヤついているようなルカリオの姿が目に映った。いつの間にやら目を覚ましていたらしいシルヴァディも同じく、なんだか生暖かく見守られているような気がするのはきっと何にも気のせいじゃない。覚えていてくださいね、半ば呪詛のような思いを込めて睨みつけどもルカリオたちは何も意に介していないようである。
 わたしたちが無言の問答をしているあいだにどうやらグラジオさまは再び寝に入ってしまったらしい。規則正しい寝息が胸元から聞こえてくる、わたしの胸に頬を寄せてねむるグラジオさまはまるで幼子のような安らいだ表情をしていらして、ああ、ダメ、この顔には本当に弱いのです。
 ――たまに。たまに、本ッ当にたまにこうして甘えてくるグラジオさまのことを、わたしは心の底から愛おしく思ってしまっているのだから。これぞ惚れた弱みというやつなのでしょうね。
「……もう。あと10分だけですからね」
 ハラさんとの会合は午後からの予定なので、まあ少しくらいなら問題ないでしょう。どう足掻いても甘やかしてしまう自分に自嘲しつつ、わたしはグラジオさまのまあるい頭を撫でた。

 
リクエストボックスより、みきさまからのリクエストでグラジオと幸せなお話でした。
ちゃんとリクエストに添えていますでしょうか……いつもより幸せそうな話に出来たとは思うのですが、ぐぬぬ。何はともあれリクエストありがとうございました!

20170317