こんなわたしの想いなど

「ぼっちゃまとシルヴァディ、本当に仲良くなられましたね」
 かつては噛みつかれ引っかかれ、時に取っ組み合いのケンカすらしていた2人。血みどろになってもシルヴァディ――タイプ:ヌルのことを見放すことなく歩み寄ろうとしていたぼっちゃまの愛がようやっと伝わり始めたのか、ここ最近のシルヴァディはひどくぼっちゃまに懐いているように思う。もっとも、懐いたからこそシルヴァディへ進化を遂げられたのだけれど。
 この間などはまるでイワンコやニャースのように拾ってきたきのみやアイテムを誇らしげに見せるなどしていた。よくやった、そうしてぼっちゃまに頭を撫でられては飛びつくようにじゃれつく。白銀に輝く大きな体躯をめいっぱいに使って飛びつかれてはさすがのぼっちゃまも堪らないといったふうに顔をしかめていたが、否、時に大怪我を負いそうになってもいたのだけれど、それでもぼっちゃまはどこか幸せそうに笑っていたのだ。
 見ているわたしも微笑ましい、自然と頬が緩むのを感じてこぼしたのが冒頭のひと言なのだが、ぼっちゃまはなんだかむず痒そうに肩をすくめている。
「……だから『ぼっちゃま』はやめろ」
「あら、そっちですか」
 何度いったと思っている、そう言ってぼっちゃま――グラジオさまはわたしから顔を背けてシルヴァディへと向き直る。白銀の毛並みを整えるように撫でる手つきはひどく気遣わしげで、今日もよく頑張ったな、えらいぞ、そう声かけを欠かさない姿はどこかお嬢様へ接していた頃の声色を思わせた。
 名付け親としても思うところがあるのだろうか、グラジオさまが「シルヴァディ」と名を呼ぶときの声はとても優しい。トレーナーとポケモンという異種の間柄であれど、2人はまるで兄弟のように親交を深めては歩み寄っている。それはもしかするとかつて実の妹にしてあげられなかったことへの贖罪を秘めているのかもしれないが、前に進むことを知るお嬢様であるからきっとグラジオさまのこのお心も伝わっているのではないかとわたしは思う。
 過去に1人で飛び出されたグラジオさまであるけれど、一度にお母様とお嬢様の2人と遠く離れられて何も感じないはずがない。お父様が行方知れずの今、お2人の旅路を見送られたグラジオさまは、ビッケ様やわたしがあれども決して小さくはない孤独を抱えられた。家出はすれど同じ地方にいたときとは訳が違うのだ、わたしもあまり馴染みはないカントー地方に思いを馳せながらも、グラジオさまは代表代理としてエーテル財団を取り仕切ることを請け負われた、強く、そして責任感のある優しいお人。彼の進む道ならば、たとえもしこの財団を離れることになったとてわたしはきっと、ええ、必ず付き従ってみせる。それがわたしの生まれた意義であり、生き甲斐であり、また他でもない意志なのだから。
 ……そういった意味で、実はわたしとシルヴァディはなんとなく気があったりする。グラジオさまとシルヴァディの確固たる絆と言うほどではないが、本当に“なんとなく”居やすいという理由で時おり2人で過ごすことがあっても気まずさなどは皆無なのだ。わたしもわたしでこの子とは長く一緒にいるけれど、しかし一緒にいるだけで懐くようなポケモンでは恐らくないであろうので、こうしてわかりづらいながらも懐いてくれるのはトレーナーとしても一個人としてもとても誇らしいことである。
「ピエリス」
「はい?」
「随分とだらしない顔をしているが、大丈夫か」
 頬が緩みっぱなしだと告げるグラジオさまは、けれども呆れる様子はない。彼と同じく気恥ずかしさを感じているのだろうか、シルヴァディもまたどこか落ち着かなそうにわたしのことをちらりと窺っている。おやまあ、これはこれは、申し訳ございませんと返せば敬いは無用とばかりに手のひらを突き出された。
「オマエのその顔、嫌いじゃないぜ」
「そうですか? あらまあ、ありがとうございます。わたしも、グラジオさまのこと、お慕いしておりますよ」
「……ここでそう言うのは……まあ、それもオマエらしいと言えばそうか」
 どこか納得がいかないように眉をひそめるグラジオさまと、察したような察していないような複雑そうな面持ちでわたしを見るシルヴァディ。噛み合っているようなちぐはぐなような2人が可愛くて面白くてつい笑みがこぼれてしまう。わたしが笑っているのに気づいたのだろう、グラジオさまはぐいとこちらに踏み込んでわたしのことを見つめてきた。
「お2人がとってもなかよしで。嬉しいなーって、思いまして」
 がくりと肩を落とすグラジオさまはため息を隠そうともせず、おもむろにシルヴァディをボールに納めてどこかへ発とうとする。どちらへ行かれるのですか、そう訊ねると指差したのはウラウラ島の方角。ライドギアを取り出すグラジオさまの背中は凛としていて、その姿を見れば彼が今からポケモンリーグへ挑まんとすることは想像に容易かった。
 さすがにわたしもあそこまでついてまわるわけにはいかないので、今回はエーテルパラダイスでお留守番だ。いってらっしゃいませ、飛び立つグラジオさまとリザードンを見送りながら頭をさげれば、なんとなくグラジオさまが再び手のひらを突き出す姿が脳裏に浮かんだ。
 ……わかっていないとでもお思いですか? わかっていないのはあなたのほうかもしれませんよ。ねえグラジオさま、このわたしの胸に燃え盛る熱い想いなんて、きっとあなたは想像すらしたこともないのでしょうね。

 
20161221